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text:shaseki:ko_shaseki08b-14
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text:shaseki:ko_shaseki08b-14 [2019/03/04 03:12] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +沙石集
 +====== 巻8第14話(107) 貧窮を追ひ出だす事 ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +尾州に円浄房といふ僧ありけり。年たけて後、あまりに貧窮(びんぐう)なることを歎きて、「陰陽の習ひか、もしは真言の習ひか、聞き伝へたる術あり」とて、弟子一人、小法師一人ありけるに申し合はせて、「あまりに貧((「貧」は底本「貪」。諸本により訂正。))なること術なかりければ、今は貧窮を追ひ失なはんと思ふなり」とて、十二月晦(つごもり)の夜、桃の枝を、われも持ち、弟子にも小法師にも持たせて、呪を誦して、家の内より、次第に物を追ふやうに打ち打ちして、「今は貧窮殿、出でておはせ、出ておはせ」と言ひて、門の外へ追ひ出だして、門を堅く閉ぢつ。
 +
 +その夜の夢に、痩せがれたる法師の、古堂の破れたるに居て、「年ごろ候ひつれども、追はせ給へば、出でてまかり候ふ」とて、雨の降るに泣き居たると見て、円浄房、「あはれなることなり。貧窮、法師が夢にかく見えつる。いかにわびしかるらん」とて、さめざめと泣きける。情(なさけ)ありける心なるべし。
 +
 +さて、その後、世間こと欠けずして過ぎけると、申し伝へ侍り。近きことなり。貧富((「貧」は底本「貪」。諸本により訂正。))は前世のことなれども、今生の善行に転ぜらるることもあるべきにや。
 +
 +ある山寺法師の弟子、あまりに貧しかりけるが、「他国へ落ち行かん」と、師に暇(いとま)乞ひければ、「や御房、一升入る瓶は、いづくにても一升入るぞ」と言ひける。「有漏の法は繋地各別(けちかくべつ)に候ふにや」と答へける。
 +
 +さることもあるにや、またある僧も、貧に責められて、他国へ行かんと出で立ちける夜の夢に、痩せがれたる小冠者、「藁沓(わらぐつ)を作りて、御供つかまつるべし」と言ひけり。
 +
 +まことに、仏法の効験なんどにて、おのづから貧を除くことはあるべし。生れつきたる果報は、定まりありて、転じがたきことなり。今生の果報は、先世の業に答ふ。当来の果報は、今生の業によるべし。ただ未来無窮の果報めでたかるべき浄土菩提の道を乞ひ願ひて、すでに定まれる貧賤の身、非分の果報を望むべからず。
 +
 +鼠の女(むすめ)をまうけて、「天下に並びなき聟を取らん」と、おほけなく思ひ企てて、「日天子こそ、世を照らし給ふ徳めでたけれ」と思ひて、朝日の出で給ふに、「女を持ちて候ふ。見目形なだらかに候ふ。参らせん」と申すに、「われは世間を照らす徳あれども、雲に会ひぬれば光もなくなるなり。雲を聟に取れ」と仰せられければ、「まことに」と思ひて、黒き雲の見ゆるに会ひて、このよし申すに、「われは日の光をも隠す徳あれども、風に吹き立てられぬれば、何にてもなし。風を聟にせよ」と言ふ。「さも」と思ひて、山風の吹けるに向かひて、このよし申すに、「われは雲をも吹き、木草をも吹きなびかす徳あれども、築地に会ひぬれば力なきなり。築地を聟にせよ」と言ふ。「げに」と思ひて、築地にこのよしを言ふに、「われは風にて動かぬ徳あれども、鼠に掘らるる時、耐へがたきなり」と言ひければ、「鼠は何にもすぐれたる」とて、鼠を聟に取りけり。これも定まれる果報にこそ。
 +
 +和泉国の癩人が女、播磨国の癩人が子どもになびらかなりけるが、本国にては人知りて卑しく思へり。京の方へ行きて、常の人を夫にし妻にせんとて上りけるが、鳥羽の辺にて、行きつれて、互ひにただの人と思ひて、語らひ寄りて、妻夫になりたりける。鼠の聟取りにたがはず。
 +
 +ある入道法師の物語に、「小所領知行せしときはことかけず侍りき。病者にて身冷え、腹病に食事心にかなはず。麦飯なんどは見れば心地悪しく侍りき。女童部(をんなわらはべ)が衣に、某(それがし)が衣重ねて候ふが、なほ肩冷ゆるままに、小袖を肩にかひて、足冷えてわびしければ、小女童部あとに寝させ侍りしが、所領得替(とくたい)の後は、ひたすら暮露暮露(ぼろぼろ)のごとくにて、帷(かたびら)に紙衣(かみぎぬ)来て寝(ぬ)るに、足も身も冷えず、食物は何こそ悪(わろ)しとも思えず。麦飯なんどは甘露と思え候ふ」と言ふ。
 +
 +ただ天運にまかせて、歎かず愁へずして、夢の世を渡り、幻の身を観じて、来世得脱の因を修すべし。
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +    貧窮追出事
 +  尾州ニ円浄房トイフ僧アリケリ年タケテ後アマリニ貧窮ナル
 +  事ヲナケキテ陰陽ノ習カ若ハ真言ノ習カ聞伝タル術アリトテ
 +  弟子一人小法師一人有ケルニ申合テアマリニ貪ナル事術
 +  ナカリケレハ今ハ貧窮ヲヲヒウシナハント思也トテ十二月晦
 +  ノ夜桃ノ枝ヲ我モモチ弟子ニモ小法師ニモ持セテ呪ヲ誦シテ
 +  家ノ内ヨリ次第ニ物ヲ追ヤウニ打々シテ今ハ貧窮殿出テオハ
 +  セ出テオハセトイヒテ門ノ外ヘ追出テ門ヲ堅クトチツ其夜ノ夢ニヤセ
 +  カレタル法師ノ古堂ノヤフレタルニ居テ年来候ツレトモ追セタ
 +  マヘハ出テマカリ候トテ雨ノフルニ泣居タルト見テ円浄房アハ/k8-313r
 +
 +  レナル事也貧窮法師カ夢ニカク見ヘツルイカニワヒシカルラン
 +  トテサメサメトナキケルナサケ有ケル心ナルヘシサテ其後世間事
 +  カケスシテスキケルト申伝ヘ侍リ近キ事也貪冨ハ前世ノ事ナ
 +  レトモ今生ノ善行ニ転セラルルコトモ有ヘキニヤ或山寺法師
 +  ノ弟子アマリニ貧シカリケルカ他国ヘ落ユカント師ニイトマコ
 +  ヒケレハヤ御房一升入鉼ハイツクニテモ一升入ソト云ケル
 +  有漏ノ法ハ繋地各別ニ候ニヤト答ケル去事モ有ニヤ又アル
 +  僧モ貧ニセメラレテ他国ヘユカント出立ケル夜ノ夢ニヤセカレ
 +  タル小冠者ワラクツヲツクリテ御供仕ルヘシトイヒケリ誠ニ仏
 +  法ノ効験ナントニテヲノツカラ貧ヲノソク事ハ有ヘシ生レツキ
 +  タル果報ハ定リアリテ転シカタキ事也今生ノ果報ハ先世ノ
 +  業ニコタフ当来ノ果報ハ今生ノ業ニヨルヘシ只未来無窮ノ/k8-313l
 +
 +https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=312&r=0&xywh=-1892%2C649%2C5375%2C3195
 +
 +  果報目出カルヘキ浄土菩提ノ道ヲコヒネカヒテ既ニサタマレ
 +  ル貧賤ノ身非分ノ果報ヲ望ムヘカラス鼠ノ女ヲマウケテ天
 +  下ニナラヒナキ聟ヲトラントオホケナク思企テ日天子コソ世ヲ
 +  照シ給徳目出ケレト思テ朝日ノ出給フニムスメヲモチテ候
 +  ミメカタチナタラカニ候マイラセント申ニ我ハ世間ヲ照ス徳ア
 +  レ共雲ニアヒヌレハ光モナクナルナリ雲ヲムコニトレト仰ラレケ
 +  レハ誠ニト思テ黒キクモノ見ユルニアヒテ此ヨシ申ニ我ハ日ノ
 +  光ヲモカクス徳アレトモ風ニフキタテラレヌレハ何ニテモナシ風
 +  ヲムコニセヨトイフサモト思テ山風ノ吹ケルニ向テ此ヨシ申ニ
 +  我ハ雲ヲモフキ木草ヲモフキナヒカス徳アレトモ築地ニアヒヌレ
 +  ハ力ナキナリ築地ヲ聟ニセヨト云ケニト思テ築地ニ此ヨシヲ
 +  イフニ我ハ風ニテウコカヌ徳アレトモ鼠ニホラルル時タヱカタキ/k8-314r
 +
 +  ナリトイヒケレハ鼠ハ何ニモスクレタルトテネスミヲムコニト
 +  リケリ是モサタマレル果報ニコソ和泉国ノ癩人カ女播磨国ノ
 +  癩人カ子トモニナヒラカナリケルカ本国ニテハ人シリテイヤシク
 +  思ヘリ京ノ方ヘ行テ常ノ人ヲ夫ニシ妻ニセントテ上リケルカ
 +  鳥羽ノ辺ニテユキツレテ互ニタタノ人ト思ヒテカタラヒヨリテ
 +  妻夫ニナリタリケルネスミノ聟トリニタカハス或入道法師ノ物
 +  語ニ小所領知行セシトキハ事カケス侍キ病者ニテ身冷腹
 +  病ニ食事心ニカナハス麦飯ナントハ見レハ心地アシク侍キ女
 +  童部カ衣ニ某カ衣カサネテ候カ猶肩ヒユルママニ小袖ヲ肩
 +  ニカヒテ足冷テワヒシケレハ小女童部アトニネサセ侍シカ所領
 +  得替ノ後ハヒタスラ暮露々々ノ如クニテ帷ニ紙衣キテヌルニ
 +  足モ身モ冷ス食物ハ何コソワロシトモ覚ヘス麦飯ナントハ甘/k8-314l
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 +https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=313&r=0&xywh=-903%2C-1%2C6967%2C4142
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 +  露ト覚ヘ候ト云只天運ニマカセテナケカス愁スシテ夢ノ世ヲ
 +  ワタリ幻ノ身ヲ観シテ来世得脱ノ因ヲ修スヘシ/k8-315r
 +
 +https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=314&r=0&xywh=-903%2C-1%2C6967%2C4142
  
text/shaseki/ko_shaseki08b-14.txt · 最終更新: 2019/03/04 03:12 by Satoshi Nakagawa