text:shaseki:ko_shaseki08b-13
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text:shaseki:ko_shaseki08b-13 [2019/03/02 23:10] – [巻8第13話(106) 執心の堅固なるによりて仏法臈る事] Satoshi Nakagawa | text:shaseki:ko_shaseki08b-13 [2019/03/03 11:59] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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和州のある山寺法師、竹を愛して、惜しみ持つに、笋の時、われも食はず、人にも与へずして、病死して後、中陰に、弟子ども笋を取りて、「僧膳の菜(さい)の汁にせん」とて割りて見るに、黒虫多かりけり。師、妄念ゆゑに虫となりたるよし、夢に見えけるとなん言へり。 | 和州のある山寺法師、竹を愛して、惜しみ持つに、笋の時、われも食はず、人にも与へずして、病死して後、中陰に、弟子ども笋を取りて、「僧膳の菜(さい)の汁にせん」とて割りて見るに、黒虫多かりけり。師、妄念ゆゑに虫となりたるよし、夢に見えけるとなん言へり。 | ||
- | 昔も橘の木を愛して、蛇となりて、まとひけることあり。また、銭入れたる鉼の中に、小蛇になりてあること、申す伝へたり。執心・妄念、恐るべし、恐るべし。流転生死の咎(とが)これなり。 | + | 昔も橘の木を愛して、蛇となりて、まとひけることあり。また、銭入れたる瓶の中に、小蛇になりてあること、申す伝へたり。執心・妄念、恐るべし、恐るべし。流転生死の咎(とが)これなり。 |
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text/shaseki/ko_shaseki08b-13.1551535810.txt.gz · 最終更新: 2019/03/02 23:10 by Satoshi Nakagawa