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text:shaseki:ko_shaseki07b-14

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text:shaseki:ko_shaseki07b-14 [2019/02/14 22:33] (現在)
Satoshi Nakagawa 作成
ライン 1: ライン 1:
 +沙石集
 +====== 巻7第14話(91) 前業の酬ふ事 ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +ある山寺の僧坊に、犬あり。五つの子を生ず。この犬、五つの子の中に一つを悪(にく)みて、乳を飲ませずして、いがみ食ひければ、坊中の人、この母をうち悪みけるほどに、坊主・同宿・児どもあまた、一夜のうちに夢に見けるは、この母犬、申しけるは、「わが身は、先の生(しやう)に某(それがし)と申しし遊女にて侍るが、五人の子夫(こづま)を持ち候ひしが、四人はことにふれて情ありて振舞ひしかば、心ざしも互ひに浅からず、一人はものにも覚えずして、われを煩はすことのみ侍りしかば、憎く思ひなから過ぎぬ。今、この五つの子は、かの五人の夫なり。四人は、昔の情(なさけ)深きゆゑに、乳を飲むもいとほしく、煩はしくもなし。一人は、昔も心づきなく、憎くのみ思ひしゆゑに、乳を飲むもわびしく、憎く候ふままに、いかに人々憎ませ給へども、かかる心にて候ふ。力なきことなり。かの憎かりし夫が甥の、明日この子をば取りてまかるべし。かくも申すまじけれども、『しかるべき昔の因縁にてありけり』と思し召さば、人々の御不審もあらじとて、かく申す」とぞ言ひける。
 +
 +次の朝、人々、「このこと、われもかく見たり、かく見たり」と言ふ。少しもたがはず。さるほどに、ある俗来たりて、この犬の子を欲しがりければ、「何にても、一つえりて取れ」と言ふに、「痩せて候へども、この犬はけなりげに候ふ。見候へば、いとほしく候ふ」とて、憎まれ子を取る。
 +
 +この時、人々、夜の夢にたがはぬことを思ひ合ひて、「某といふ遊女ありしや」と問へば、「さる君候ひき。やがて某(それがし)が伯父にて候しが、子君(こぎみ)にて候ひき」と言ふ。「さて、かの君は、子夫なほありけるにや」と問へば、「伯父がほか四人候ひしを、伯父にて候ひし者、憤りそねみ申ししかども、ともにかよひき」と言ふ。
 +
 +ことごとく夢にたがはざりければ、この俗に、「しかじか」と申しける時、「さては、あはれなることにて侍るものかな。かの伯父、われをはぐくみ侍りし恩をも報ひ候ふべし。さて、見候ふも、いとほしく候ひつる。そのゆゑにこそ」とて、抱(いだ)きて去りぬ。
 +
 +このこと、近ごろの不思議なり。かの山寺の夢見たるもの、当時もありと聞こゆ。先業の報ひ、始めて驚くべきにあらねども、まさしくかやうのことを聞くには、いよいよ因果のことわり疑ひなし。されば、いかなることありとも、ただ一世のことにはあらじと知りて、憎まれんをも人の過(とが)と思ふべからず。ただ昔の業因縁と思ふべし。何事も思ひほどきて、ただ妄念なく罪障なくして、旧業を消し、新しき罪をつつしむべし。
 +
 +ある人のもとに、いづくよりともなく、犬一匹来たりて、打てどもさらず。主(しう)が夢に見けるは、この犬の、「物を負ひたるを、取り返さんとて来たれり。今米一斗あれば、それを食ひつくさざらんほどは、去るまじきなり」と言ふと見て、不思議と思ひて、試みに米を一斗別に置きて、この犬に少しづつ食はせければ、米尽きて後、いづちともなく失せにき。
 +
 +されば、みなしかるべき因縁なり。人をもいとふべからず。
 +
 +昔の物語にも、海人の親子、三人ありけるが、毎日に魚、三つ釣られけり。父母、思ひけるは、「子なくば、二人して、三つの魚食ひなまし」とて、子を追ひ出だす。その後は、二つぞ釣られける。生分定まれるにや。
 +
 +漢土に、法慶といふ人、釈迦の像を造立の願ありけるが、悩むことありて、死して、閻王((閻魔王))の所へ至る。王、この願を感じて、「人間へ返すべし」と冥官に仰せけるに、「報命は願のゆゑに延び候ふべし。食物尽きて候ふ」と申すに、「など、何にても食物なからん」とて、これを勘(かんが)へしむるに、荷葉 (かえふ)ばかり食にあたるよし申す。
 +
 +さて、蘇生して、よろづの物を食するに、吐き返す。荷葉ばかり気味よろしく覚えて、ただこればかり食ひて、三年存して、仏造り終りぬと言へり。伝の文なり。
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +    前業酬事
 +  有山寺ノ僧坊ニ犬有五ノ子ヲ生ス此犬五ノ子ノ中ニ一ヲ
 +  悪ミテ乳ヲノマセスシテイカミクヒケレハ坊中ノ人此母ヲウチニク
 +  ミケルホトニ坊主同宿児共アマタ一夜ノ中ニ夢ニ見ケルハ
 +  此母犬申ケルハ我身ハサキノ生ニ某ト申シシ遊女ニテ侍カ
 +  五人ノ子夫ヲモチテ候シカ四人ハ事ニフレテ情有テ振舞シ
 +  カハ心サシモ互ニアサカラス一人ハ物ニモ覚スシテ我ヲワツラハス
 +  事ノミ侍シカハニクク思ナカラ過ヌ今此五ノ子ハ彼五人ノ
 +  夫也四人ハ昔ノ情ケフカキユヘニ乳ヲノムモイトオシクワツラハ
 +  シクモナシ一人ハ昔モ心ツキナクニククノミ思シ故ニ乳ヲ飲モ/k7-282r
 +
 +  ワヒシクニクク候ママニイカニ人々ニクマセ給ヘトモカカル心ニ
 +  テ候チカラナキ事ナリ彼ニクカリシ夫カヲイノ明日コノ子ヲハ
 +  取テマカルヘシカクモ申マシケレトモ可然昔ノ因縁ニテアリケ
 +  リト思食ハ人々ノ御不審モアラシトテカク申トソイヒケル次
 +  ノ朝人々此事我モカク見タリカク見タリト云少モタカハスサルホトニ
 +  有俗来リテコノ犬ノ子ヲホシカリケレハ何ニテモ一ヱリテトレ
 +  ト云ニヤセテ候ヘトモコノ犬ハケナリケニ候見候ヘハイトオシク
 +  候トテニクマレ子ヲ取コノトキ人々夜ノ夢ニタカハヌ事ヲ思
 +  合テ某ト云遊女アリシヤト問ヘハサル君候キヤカテ某カ伯
 +  父ニテ候シカ子キミニテ候キト云サテカノ君ハ子夫猶アリケル
 +  ニヤト問ヘハ伯父カホカ四人候シヲ伯父ニテ候シ者イキトヲ
 +  リソネミ申シシカトモ共ニ通ヒキト云悉ク夢ニタカハサリケレハ/k7-282l
 +
 +https://​rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/​item/​rb00012949#?​c=0&​m=0&​s=0&​cv=281&​r=0&​xywh=-2300%2C408%2C5805%2C3451
 +
 +  コノ俗ニシカシカト申ケル時サテハ哀ナルコトニテ侍者哉カノ伯
 +  父我ヲハククミ侍シ恩ヲモムクヒ候ヘシサテ見候モイトヲシク
 +  候ツル其ユヘニコソトテイタキテサリヌコノ事近比ノ不思議也
 +  カノ山寺ノ夢見タルモノ当時モ有ト聞ユ先業ノムクヒ始テ
 +  驚クヘキニアラネトモ正クカヤウノ事ヲ聞ニハ弥因果ノ理リ疑
 +  ナシサレハ何ナル事有トモ只一世ノ事ニハアラシトシリテニクマ
 +  レンヲモ人ノトカト思ヘカラス只ムカシノ業因縁トオモフヘシナ
 +  ニ事モ思ヒホトキテタタ妄念ナク罪障ナクシテ旧業ヲ消新キ罪
 +  ヲツツシムヘシアル人ノ許ニイツクヨリトモナク犬一匹来リテ打
 +  トモサラス主カ夢ニ見ケルハコノ犬ノ物ヲオヒタルヲトリカヘサン
 +  トテ来レリ今米一斗アレハソレヲクヒツクササラン程ハ去マシキ
 +  ナリト云ト見テ不思議ト思ヒテ心見ニ米ヲ一斗別ニ置テコ/k7-283r
 +
 +  ノ犬ニスコシツツクハセケレハ米ツキテ後イツチトモナクウセニキ
 +  サレハミナ可然因縁ナリ人ヲモイトフヘカラス昔ノ物カタリニ
 +  モ海人ノ親子三人アリケルカ毎日ニ魚三ツツラレケリ父母思
 +  ケルハ子ナクハ二人シテ三ノ魚クヒナマシトテ子ヲ追出ス其後
 +  ハ二ソツラレケル生分サタマレルニヤ漢土ニ法慶トイフ人釈
 +  迦ノ像ヲ造立ノ願アリケルカ悩事アリテ死シテ閻王ノ所ヘイ
 +  タル王コノ願ヲ感シテ人間ヘ返スヘシト冥官ニ仰セケルニ報命
 +  ハ願ノユヘニノヒ候ヘシ食物ツキテ候ト申ニナトナニニテモ食
 +  物ナカラントテ勘之シムルニ荷葉ハカリ食ニアタルヨシ申スサ
 +  テ蘇生シテヨロツノ物ヲ食スルニ吐カヘス荷葉ハカリ気味ヨロシ
 +  ク覚エテタタコレハカリクヒテ三年存シテ仏造リヲハリヌトイヘリ
 +  伝ノ文也/k7-283l
 +
 +https://​rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/​item/​rb00012949#?​c=0&​m=0&​s=0&​cv=282&​r=0&​xywh=-1913%2C392%2C5805%2C3451
  


text/shaseki/ko_shaseki07b-14.txt · 最終更新: 2019/02/14 22:33 by Satoshi Nakagawa