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text:shaseki:ko_shaseki06b-14
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text:shaseki:ko_shaseki06b-14 [2019/01/20 18:20] – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +沙石集
 +====== 巻6第14話(72) 母の為に忠孝ある人の事 ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +鎌倉の故相州禅門((北条時頼))の中に、祇候(しこう)の女房ありけり。腹あしく、たてだてしかりけるが、ある時、成長の子息の同じくつかまつりけるを、いささかのことによりて、腹を立てて、打たんとしけるほどに、物にけつまづきて、いたく倒(たふ)れて、いよいよ腹をすゑかねて、禅門に、「子息それがし、わらはを打ちて侍り((「打ちて侍り」は底本「打ト侍」。諸本により訂正。))と訴へ申しければ、「不思議のことなり」とて、かの俗を召して、「まことに母を打ちたるにや。母、しかじか申すなり」と問はる、「まことに打ちて侍り」と申す。禅門、「かへすがへす奇怪なり。不当なり」と叱りて、所領を召し、流罪に定めにけり。
 +
 +こと苦々しくなりける上、腹もやうやくゐて、あさましく思えければ、母、また禅門に申しけるは、「腹の立ちのままに、『この俗、われを打ちたり』と申し上げて侍りつれども、まことは、さること候はず。おとなげなく、かれを打たんとして、倒れて侍りつるねたさにこそ、申し候ひつれ。まめやかに御勘当候はんことは、あさましく候ふ。許させ給へ」とて、けしからずうち泣き申しければ、「さらば召せ」とて、召して子細を尋ねらる。
 +
 +「まことには、いかで母を打ち候ふべき」と申す。「さては、など始めより、ありのままに申さざりける」と、禅門申されければ、「『母が打ちたり』と申さん上は、わが身こそ過(とが)にも沈み候はめ、母を虚誕(きよたん)の者には、いかがなし候ふべき」と申しければ、「いみじき至孝の志深き者なり」とて、大きに感じて、別の所領を添へて賜はり、ことに不便(ふびん)の者に思はれけり。
 +
 +末代の人の心には、ありがたくこそ。
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +    母之為忠孝有人事
 +  鎌倉ノ故相州禅門ノ中ニ祇候ノ女房有ケリ腹アシクタテ
 +  タテシカリケルカ或時成長ノ子息ノ同シクツカマツリケルヲイ
 +  ササカノ事ニヨリテ腹ヲ立テ打タントシケルホトニ物ニケツマツ
 +  キテイタクタフレテイヨイヨ腹ヲスヘカネテ禅門ニ子息ソレカシワ
 +  ラハヲ打ト侍ト訴申ケレハ不思議ノ事也トテ彼俗ヲ召テ実
 +  ニ母ヲ打タルニヤ母シカシカ申也ト問ル実ニ打テ侍ト申禅門
 +  返々奇怪ナリ不当也トシカリテ所領ヲ召シ流罪ニ定ニケリ/k6-232l
 +
 +https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=231&r=0&xywh=-2261%2C579%2C5375%2C3195
 +
 +  事ニカニカシクナリケル上腹モヤウヤクヰテ浅猿ク覚ヘケレハ母
 +  又禅門ニ申ケルハ腹ノ立ノママニコノ俗ワレヲ打タリト申上
 +  テ侍リツレトモマコトハサル事候ハスヲトナケナク彼ヲ打タント
 +  シテタフレテ侍ツルネタサニコソ申候ツレマメヤカニ御勘当候ハン
 +  事ハアサマシク候ユルサセ給ヘトテケシカラスウチナキ申ケレハサ
 +  ラハメセトテ召テ子細ヲタツネラル実ニハイカテ母ヲウチ候ヘキ
 +  ト申サテハナトハシメヨリアリノママニ申ササリケルト禅門申サ
 +  レケレハ母カ打タリト申サン上ハ我身コソトカニモシツミ候ハメ
 +  母ヲ虚誕ノ者ニハイカカナシ候ヘキト申ケレハイミシキ至孝ノ
 +  志フカキ者也トテ大ニ感シテ別ノ所領ヲソヘテ給リコトニ不便
 +  ノ者ニオモハレケリ末代ノ人ノ心ニハアリカタクコソ/k6-233r
 +
 +https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=232&r=0&xywh=-157%2C304%2C5805%2C3451
  
text/shaseki/ko_shaseki06b-14.txt · 最終更新: 2020/06/20 23:37 by Satoshi Nakagawa