text:shaseki:ko_shaseki01a-06
差分
このページの2つのバージョン間の差分を表示します。
両方とも前のリビジョン前のリビジョン次のリビジョン | 前のリビジョン | ||
text:shaseki:ko_shaseki01a-06 [2018/07/10 22:33] – [巻1第6話(6) 和光利益甚深の事] Satoshi Nakagawa | text:shaseki:ko_shaseki01a-06 [2018/08/03 12:20] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
---|---|---|---|
行 1: | 行 1: | ||
沙石集 | 沙石集 | ||
- | ====== 巻1第6話(6) 和光の利益、甚深の事 ====== | + | ====== 巻1第6話(6) 和光の利益、甚深なる事 ====== |
===== 校訂本文 ===== | ===== 校訂本文 ===== | ||
- | 南都に、小輔僧都璋円(せういうそうづしやうゑん)とて、解脱上人の弟子にて、碩学の聞こえありしが、魔道に落ちて、ある女人に憑(つ)きて、種々のことども申しける中に、「わが大明神の御方便のいみじきこと、いささかも値遇(ちぐ)し奉る人をば、いかなる罪人なれども、他方の地獄へは遣(つか)はさずして、春日野の下に地獄を構へて取り入れつつ、毎日晨朝に、第三の御殿より、地蔵菩薩の灑水器(しやすゐき)に水を入れて、散杖(さんぢやう)をそへて、水をそそき給へば、一滴(ひとしたたり)の水、罪人の口に入りて、苦患(くげん)((「苦患」は底本「苦愚」。諸本により訂正。))しばらく助かりて、少し正念に住する時、大乗経の要文・陀羅尼なんど唱へて聞かせ給ふこと、日々に懈(おこた)りなし。この方便によりて、やうやく浮び出でて侍るなり。学生どもは、春日山の東に香山(かうせん)といふ所にて、大明神般若を説き給ふを聴聞して、論議・問答なんど、人間にたがはず。昔学生なりしは、みな学生なり。まのあたり、大明神の御説法聴聞するこそ、かたじけなく侍れ」と語りける。 | + | 南都に、小輔僧都璋円(せういうそうづしやうゑん)とて、解脱上人((貞慶))の弟子にて、碩学の聞こえありしが、魔道に落ちて、ある女人に憑(つ)きて、種々のことども申しける中に、「わが大明神の御方便のいみじきこと、いささかも値遇(ちぐ)し奉る人をば、いかなる罪人なれども、他方の地獄へは遣(つか)はさずして、春日野の下に地獄を構へて取り入れつつ、毎日晨朝に、第三の御殿より、地蔵菩薩の灑水器(しやすゐき)に水を入れて、散杖(さんぢやう)をそへて、水をそそき給へば、一滴(ひとしたたり)の水、罪人の口に入りて、苦患(くげん)((「苦患」は底本「苦愚」。諸本により訂正。))しばらく助かりて、少し正念に住する時、大乗経の要文・陀羅尼なんど唱へて聞かせ給ふこと、日々に懈(おこた)りなし。この方便によりて、やうやく浮び出でて侍るなり。学生どもは、春日山の東に香山(かうせん)といふ所にて、大明神般若を説き給ふを聴聞して、論議・問答なんど、人間にたがはず。昔学生なりしは、みな学生なり。まのあたり、大明神の御説法聴聞するこそ、かたじけなく侍れ」と語りける。 |
地蔵((地蔵菩薩))は本社鹿島((鹿島神宮))の三所の中の一つなり。ことに利益めでたくおはするとぞ、申しあひ侍る。無仏世界の導師、本師付属の薩埵なり。本地・垂迹、いづれも頼(たの)もしくこそ。されば、和光の利益は、いづくも同じことにや。 | 地蔵((地蔵菩薩))は本社鹿島((鹿島神宮))の三所の中の一つなり。ことに利益めでたくおはするとぞ、申しあひ侍る。無仏世界の導師、本師付属の薩埵なり。本地・垂迹、いづれも頼(たの)もしくこそ。されば、和光の利益は、いづくも同じことにや。 | ||
行 12: | 行 12: | ||
とてもかくても、人身を浮けたる思出(おもひで)、仏法にあへるしるしには、一門の方便に取り付きて、出離を心ざすべし。心地観経には、「一仏一菩薩を憑むを要法とす」と説けり。されば、内には仏性常住の理(ことわり)を具せることを信じ、外には本地垂迹の慈悲方便を仰ぎて、出離生死の道を心中に深く思ひ染むべきをや。 | とてもかくても、人身を浮けたる思出(おもひで)、仏法にあへるしるしには、一門の方便に取り付きて、出離を心ざすべし。心地観経には、「一仏一菩薩を憑むを要法とす」と説けり。されば、内には仏性常住の理(ことわり)を具せることを信じ、外には本地垂迹の慈悲方便を仰ぎて、出離生死の道を心中に深く思ひ染むべきをや。 | ||
- | 三悪の火坑(くわきやう)、足の下にあり。六道の長夜、夢いまだ覚めず。爪上(さうじやう)の人身を憂け、優曇(うどん)の仏法にあひながら、なすことなく、勤むることなくして、三 | + | 三悪の火坑(くわきやう)、足の下にあり。六道の長夜、夢いまだ覚めず。爪上(さうじやう)の人身を憂け、優曇(うどん)の仏法にあひながら、なすことなく、勤むることなくして、三途の故郷(ふるさと)に帰りなば、千度悔い、百度悲しむとも、何の益かあるべき。多生にまれに浮び出でて、億劫に一度(ひとたび)あへり。心をゆるくして、空しく光陰を送ることなかれ。時、人を待たず。死、かねてわきまへず。ゆめゆめ勤め行ふべし。 |
- | 途の故郷(ふるさと)に帰りなば、千度悔い、百度悲しむとも、何の益かあるべき。多生にまれに浮び出でて、億劫に一度(ひとたび)あへり。心をゆるくして、空しく光陰を送ることなかれ。時、人を待たず。死、かねてわきまへず。ゆめゆめ勤め行ふべし。 | + | |
===== 翻刻 ===== | ===== 翻刻 ===== |
text/shaseki/ko_shaseki01a-06.txt · 最終更新: 2018/08/03 12:20 by Satoshi Nakagawa