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撰集抄

跋・奥書

校訂本文

そもそも、今生むなしくはせ過ぎなば、何をもつてか、人界の思ひ出とせん。それ、六趣の形、品々(しなじな)なれども、仏道にとなり、仏教にあへるは、人身なる。この身を受けぬる時は、いかにも励みて、昔の五戒十善のよき種をもうるほすべきに、ただ、いたづらとして、昨日も暮れ、今日もたけ、羊の歩み近付き、生死すみやかにすすめば、白髪をいただきぬることの悲しさに、遠く伝へ聞き、近く耳に触れし、昔のかしこき跡、まのあたり見侍りし中にも、いみじき人々を書き載せて、かつは、「かの人々のごとくならん」と欣求し、かつは、「閑居の友とせん」とて、九巻にしるし載せ侍り。

この中に。何となき物語の品々なる、詩歌・雑談を入れたり。これ、ただ1)としても、昔の跡恋しく、「心とまるべき一節(ひとふし)もや」と思ひて、まめやかのそぞろごとをも載せぬるに侍り。

新羅の元暁奉仕の詞に、「他作自受の理(ことわり)なしといへども、縁起難思の力あり」と侍れば、「同じく書きつらぬる中の雑は、他力をもかうぶれかし」と思ひ侍りて、事は多しといへども、九帖として書きしるしぬ。

時に寿永二年睦月の下の弓張り、讃州善通寺の方丈の庵(いほ)にして、しるし終りぬ。

本云

  正和四年(乙卯)八月十五日令書写畢

又云

  長禄三年九月日書畢

翻刻

抑今生空くはせすきなは何を以てか人界の
思出とせんそれ六趣形しなしななれ共仏道にと
なり仏教にあへるは人身なる此身を受ぬる時
はいかにもはけみて昔の五戒十善の吉種をも
うるほすへきに只徒として昨日も暮今日もた
け羊のあゆみ近つき生死速勧は白髪をいたた/k301r
きぬる事の悲さに遠く伝聞近く耳にふれし
昔賢き跡まのあたり見侍し中にもいみしき人々
を書のせて且は彼人々のことくならんと欣求し
且は閑居の友とせんとて九巻に注載せ侍り此
中に何となき物かたりの品々なる詩哥雑談を入
たり是思としても昔の跡こひしく心とまるへき
一ふしもやと思ひてまめやかのそそろことをも
のせぬるに侍り新羅の元暁奉仕の詞に他作
自受の理なしといゑとも縁起難思の力ありと
侍れは同しくかきつらぬる中の雑は他り/k301l
きをも蒙れかしと思ひ侍りて事は多しとい
ゑ共九帖として書注しぬ于時寿永二年む
つきの下の弓はり讃州善通寺の方丈の
いほにしてしるしおはりぬ/k302r
本云
  正和四年(乙卯)八月十五日令書写畢
又云
  長禄三年九月日書畢/k302l
1)
「ただ」は底本「思」。諸本により訂正。
text/senjusho/m_senjusho09-12.txt · 最終更新: 2016/10/30 21:30 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
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