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撰集抄

巻9第4話(114) 観理大徳事

校訂本文

昔、平の京1)に男女住みけり。いたく思ひ下すべき品の人にはあらざりけるなんめり。芝山にあり、蓬壺の雲を踏み、竹園にのぞみて、令書の承はりをこととせし人にていまそかりけるが、身苦しく、貧(まど)しく侍りて、忠勤かれがれになりて、里がちに侍りけるなり。

しかあるに、年半ば長けてのち、はじめて一人の男子をまうけてけり。見目・ことがらのわりなさよ。父母、いとほしむこと、今ひときは色を増し、明けても暮れても夫婦の中に置きて、世の貧しく悲しきわざをも、これにてなぐさみ侍りけるに、はからざるに2)、夫、世心地にわづらひて、身まかりにけり。

女も、「同じ道に」と悲しみ侍りしこと、理(ことはり)にも過ぎて見え侍りけれど、日数の積るままに、思ひもいささか晴るけ侍るめるに、世の中の、いとど絶え絶えしさ3)に、生ける心地もせで、朝夕は音(ね)をのみ泣きて侍りけり。

この子、十一といふ年4)、母に言ふやう、「絶え絶えしきありさまに、我をはぐくみ5)、いとなみ給ふも、悲しく侍り。また、かくても行く末いかなるべしとも思え侍らねば、早く、われに暇(いとま)を許し給へね。水の底にも入るか、また、ものをも乞ひても、遠き方にまかりなん」とかきくどき言ふに、母、いとど悲しく思えて、「故殿におくれて、片時、『生きてあるべし』とも思え侍らざりしかど、われに心をなぐさめてこそ過ぐすことにてあれ。世の中のあるにもあらず、貧しきわざは、まことに心苦しく侍れども、さればとて、また、命を無きものになすべきにあらず」なんど、ねんごろに涙もせきあへず聞こえ侍れば、この子も、もろともに涙を流し侍りけり。

さて、この子、常に仏の御前に、心を澄まして、「母の孝養するほどの果報、与へ給へ」と祈りおこたり侍らぬことを三世(みよ)の仏たちの、「あはれ」と6)見そなはし給ひけるにや、十三になりける年、思はざるに、貞信公7)に召されて、御いとほしみ、わくかたなく侍りければ、母の貧しき住処(すみか)をも、こよなく御とぶらひ侍りけり。

さるほどに、「春日明神の御たたりあり」とて、山階寺に下りて、飾りをおろして「観理」とぞ申しける。智恵・才覚、昔にもこえて、三会の講匠をとげ、大僧都の位にそなはり侍りけり。昔、いみしき人の多く侍りし中に、観理大徳と聞こえ給ひぬれば、智恵もかしこく、道心もさこそ深くおはしけめと、思え侍り。

さても、孝養の心の、ことにいまそかりけるこそ、おろかなる心にもいみじく思えて侍れ。情を知れらん人、誰かは父母の恩を知らさるはある。しかれども、知恩・報恩の心は8)、げにまれなるに、この大徳、いとけなくより、悲母の孝行を思はれけんこと、ありがたきには侍らずや。

それ、十月胎内に宿りて、三十八転に身を苦しめ、久しく膝の間にありて、百八十石の乳を吸ひしより、母の身を苦しめ、長久の今まで、その煩ひ、いくばくぞや9)。善悪のふるまひにつけても、何度憂喜の心をおこしけむな。その数、仏もいかでかかがめさせ給ふべき。

されば、あるいは、「子の命に代はらん」と祈り、あるいは、もろともに苔の下に伏さざることを悲しぶは、悲母の心ばせなり。されば、『心地観経』にも、

  我若住世於一劫 説悲母恩不能尽

と、説かれて侍るぞかし。

「孔雀は雷を聞きて孕み、くらげ10)は風を懐妊の縁とし、兎は月の光を見て孕む」と侍れば、父の恩欠けたるやから、おのづから侍れども、誰か一人として、母の恩離れたるは侍る。この理(ことはり)をしづかに思ふ時には、「いかにも、その恩を報じ奉らん」と思ひ侍れど、うちつづく心の、いかにもありがたく侍るこそ、かへすがへす本意なく思えて侍れ。

あはれ、この観理大徳のごとくなる心ばせを、仏のわれにいささか付け給はりて、報恩のことのみ心にかかる身となし給へかし。

翻刻

昔平の京に男女すみけりいたく思下へき品の
人にはあらさりけるなんめり茨山に有蓬壺/k279r
の雲をふみ竹薗に望て令書のうけ給を事と
せし人にていまそかりけるか身くるしくまとしく
侍りて忠勤かれかれに成て里かちに侍りける也
しかあるに年なかはたけて後始て一の男子をま
ふけてけりみめことからのわりなさよ父母いと
をしむこと今一きはいろをまし明てもくれても
夫婦の中におきて世のまつしく悲しきわさ
をも是にてなくさみ侍りけるにはからさる夫世心地
に煩て身まかりにけり女も同じ道にと悲み
侍しこと理にもすきて見え侍りけれと日数/k279l
のつもるままに思も聊かはるけ侍るめるに世の中
のいととたえしさにいける心地もせて朝夕はねを
のみなきて侍けり此子十一といふ母に云様たへ
たへしき有様に我を字みいとなみ給も悲く侍り
又かくても行末いかなるへしとも覚へ侍らねははやく
我にいとまをゆるし給へね水の底にも入か又もの
をも乞ても遠き方にまかりなんとかきくとき
いふに母いとと悲くおほえて故殿にをくれて
片時いきてあるへしとも覚え侍らさりしかと
我に心をなくさめてこそ過す事にてあれ世/k280r
の中のあるにもあらすまつしきわさは実に心
苦しく侍れともされはとて又命をなき物に
なすへきにあらすなんとねんころに泪もせきあ
へす聞え侍れは此の子ももろともになみたをなかし侍り
けり扨此子常に仏の御前に心をすまして
母の孝養する程の果報与へ給へと祈おこ
たり侍らぬことをみよの仏達のあはれをみそな
はし給けるにや十三に成ける年思はさるに貞
信公にめされて御いとをしみわく方なく侍り
けれは母のまつしきすみかをもこよなく御訪侍り/k280l
けりさる程に春日明神の御たたりありとて山階寺
に下てかさりををろして観理とそ申ける智恵
才覚昔にも越て三会の講匠をとけ大僧都
の位に備侍りけり昔いみしき人のおほく侍り
し中に観理大徳と聞給ぬれは智恵もかしこく
道心もさこそ深くおはしけめと覚侍り扨も孝
養の心の殊にいまそかりけるこそをろかなる心に
もいみしく覚て侍れ情をしれらん人誰かは父母の
恩をしらさるはあるしかれとも知恩報恩の心に
けにまれなるに此大徳いとけなくより悲母の孝/k281r
行を思はれけんことありかたきには侍らすやそれ
十月胎内にやとりて三十八転に身をくるしめ久
しくひさの間に有て百八十石の乳を吸しよ
り母の身をくるしめ長久今まて其煩いくそく
はくそや善悪のふるまひにつけても何度
憂喜の心をおこしけむな其数仏も争かかかめ
させ給へきされは或は子の命にかはらんと祈或
もろ共に苔の下にふささる事を悲しふは悲
母の心はせなりされは心地観経にも我若住世於
一劫説悲母恩不能尽と説れて侍そかし孔雀/k281l
は雷を聞てはらみ求羅けは風を懐妊の縁と
し兎は月の光を見てはらむと侍れは父の恩
かけたるやからをのつから侍れ共たれかひとりとして
母の恩はなれたるは侍る此理を閑におもふ時には
いかにも其恩を報し奉らんと思侍れとうちつつ
く心のいかにもあり難く侍こそ返々本意なく覚て
侍れあはれ此の観理大徳のことくなる心はせを仏
の我にいささかつけ給はりて報恩の事のみ
心にかかる身となし給へかし/k282r
1)
平安京
2)
底本「に」なし。諸本により補う。
3)
「絶え絶えしさ」は、底本「たえしさ」。諸本により補う。
4)
底本「年」なし。諸本により補う。
5)
「はぐくみ」は、底本「字み」。諸本「孚」により訂正。
6)
「と」は底本「を」。諸本により訂正
7)
藤原忠平
8)
「心は」は底本「心に」。諸本により訂正。
9)
「いくばくぞや」は、底本「いくそくはくそや」。諸本により訂正。
10)
「くらげ」は底本「求羅け」。
text/senjusho/m_senjusho09-04.txt · 最終更新: 2016/10/12 00:39 by Satoshi Nakagawa
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