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撰集抄

巻8第15話(90) 公任卿事(歌)

校訂本文

昔、村上の御門1)の末のころ、如月の中の十日の初めつかた、雪いみじく降り重ねて、月、ことに明かくて、暁、梁王苑に入らざれども、雪、四方(よも)に満ち、夜、庾公2)が楼に登らねども、月、千里を照す。木ごとに花咲く心地して、いづれを梅と分きがたきに、公任の中将3)を召して、「梅花折りて参れ」とて、つかはしけるに、ほどなく、雪をも散らさず折りて参り給へりけるに、御門、「いかが思ひつる」と仰せのありけるに、「かくこそ、詠みて侍りつれ」とて、

  しらしらししらけたる夜の月影に雪かき分けて梅の花折る

と申されければ、大きにめでさせ給ひて、叡慮ことに感じて、ゆゆしきまでに讃め、仰せの侍りければ、公任、その座にて、けしからぬまでに落涙せられ侍りければ、主上も御涙かきあへさせおはしまさざりけり。

公任は、君のかくほどまで思しめしけるがかたじけなさに、袖をしぼらるれば、君は中将の心をはからせおはしまして、御袂をぬらさせ給ひぬる、かたじけなくぞ侍る。

四条大納言4)の「この世の思ひ出は、これに侍り」とて、のたまひ出づるたびには、袖をしぼりかねて、いまそかりけるぞ、「さこそあるべけれ」と思えて侍れ。

末の世には、かやうのためしもあるまじきにや。

翻刻

昔村上の御門の末の比きさらきの中の十日の/k244r
初つかた雪いみしくふりかさねて月殊あかくて
暁梁王菀に入らされとも雪よもにみち夜庚
公か楼にのほらねとも月千里をてらす木こと
に花さく心地していつれを梅とわきかたき
に公任の中将を召て梅花おりて参れとてつ
かはしけるに程なく雪をもちらさすおりて
まいり給へりけるに御門いかか思ひつると仰
のありけるにかくこそ読て侍りつれとて
  しらしらししらけたる夜の月影に
  雪かきわけて梅の花おる/k244l
と申されけれは大に目出させ給て叡慮殊感
してゆゆしきまてにほめ仰の侍りけれは
公任其座にてけしからぬまてに落涙せられ
侍けれは主上も御泪かきあへさせおはしま
ささりけり公任は君のかくほとまて思食ける
かかたしけなさに袖をしほらるれは君は中将
心をはからせおはしまして御袂をぬらさせ給ぬる
かたしけなくそ侍る四条大納言の此世の思出は
是に侍りとての給出る度には袖をしほりかね
ていまそかりけるそさこそあるへけれと覚て/k245r
侍れ末の世にはかやうのためしも有ましきにや/k245l
1)
村上天皇
2)
「庾公」は底本「庚公」。静嘉堂文庫本及び典拠により訂正。
3) , 4)
藤原公任
text/senjusho/m_senjusho08-15.txt · 最終更新: 2016/09/11 12:45 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
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