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撰集抄

巻7第12話(72) 大智明神(伯耆太山)

校訂本文

伯耆国に、大山といふ所に、大智の明神と申す神おはします。利益のあらたなること、げに、朝の日の、山の端(は)に出づるがごとくに侍り。御本地は地蔵菩薩にておはしますとぞ。

昔、俊方といひける弓取、野に出でて鹿禽(ししけだもの)を狩りけるほどに、例よりも鹿(しし)多く、みな思ひのごとく射とどめにけり。

さて、この鹿どもを取らんとすれば、わが持仏堂に、千体の地蔵をすゑ奉りける五寸の尊像に、矢を射立てて、鹿なりつるは地蔵にぞおはしましける。その時、俊方、あさましく」1)悲しく思えて、地蔵にとりつき奉りて、泣きをめきけれども、さらにかひなし。やがて、手づから髻(もとどり)切りて、わが家を堂に造りて、永く所の殺生をとめ侍りにき。

さるほどに、称徳天皇の御時、「社に祝ひ奉れ」といふ託宣侍りて、やがて堂を社になして、大智の明神とは申し侍り2)。利益あらたなれば、かの所の砂だに、夕べには坂上りて、朝(あした)に下りて、参り下向の相を示す。かの岡の松は、明神の御方に向ひて、みななびきける。帰依の姿をあらはし侍るとかや。心なき草木・砂までも、帰依し奉るわざ、げにありがたくぞ侍る。

まことに、この菩薩の御ことは、昔、広目女と申し侍し時、母の尸羅善現のために、堅固の大願をおこし、多くの宿願を立てて、修し上りましまして、今、等覚無垢の菩薩とはなり給へり。されば、昔の因位の行をいはんには、いづれの仏の菩薩か、この尊には及び給ふべき。されば、経の中に、「久修堅固 大願大悲 勇猛精進 過諸菩薩」と侍り。

しかあれば、この本師釈尊3)、忉利天の麓にて、「二仏中間の衆生は、ことごとく、地蔵、化導し給へ」とは仰せられけめ。菩薩、かひがひしく請け取りましまし侍り。

仏智も通じ、菩薩の御心もあひかなひ侍るなるべし。中にも、今の大悪人の、殺生とどめんために、鹿の姿を現じていられ、のちに尊像をあらはして、罪悪のわれらをして、堅固の信心をもよほさしめ給へること、かへすがへす貴く侍る。

翻刻

伯耆国に大山と云所に大智の明神と申神
おはします利益のあらたなる事けに朝の日
の山のはに出るかことくに侍り御本地は地蔵
菩薩にておはしますとそ昔俊方といひける弓/k218l
取野に出て鹿禽を狩りける程に例よりも
ししおほくみなおもひのことく射ととめにけりさて此鹿
ともをとらんとすれは我持仏堂に千体の地
蔵をすへ奉りける五寸の尊像に矢を射立て
鹿なりつる悲くおほえて地蔵にとりつき奉て
泣おめきけれとも更にかひなしやかて手つ
からもととり切て我か家を堂に造て永く所の
殺生をとめ侍りにきさる程に称徳天皇の
御時社に祝奉れと云詫宣侍りて利益あら
たなれは彼所の砂たに夕には坂上て朝に下/k219r
て参下向の相を示す彼岡の松は明神の御方
に向てみななひきける帰依の姿を顕し侍ると
かや心なき草木砂まても帰依し奉るわさ実
ありかたくそ侍る誠に此菩薩の御ことは昔広
目女と申侍しとき母尸羅善現のために堅固の
大願を発しおほくの宿願を立て修しあかりまし
まして今等覚無垢の菩薩とはなり給へりされは
昔の因位の行をいはんには何の仏の菩薩か此尊
には及給ふへきされは経の中に久修堅固
大願大悲勇猛精進過諸菩薩と侍り然あれはこの/k219l
本師尺尊忉利天の麓にて二仏中間の衆生は
悉く地蔵化導し給へとは仰られけめ菩薩かひ
かひしくうけ取ましまし侍り仏智も通し菩薩
の御心も相叶侍るなるへし中にも今の大悪人
の殺生ととめんために鹿の姿を現していられ後
に尊像を顕して罪悪の我等をして堅固の信
心を催さしめ給へる事返々貴く侍る/k220r
1)
底本、「は地蔵」から「あさましく」まで脱文。諸本により補う。
2)
底本「やがて堂を」から「申し侍り」まで脱文。諸本により補う。
3)
釈迦
text/senjusho/m_senjusho07-12.txt · 最終更新: 2016/08/22 18:58 by Satoshi Nakagawa
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