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撰集抄

巻7第8話(68) 覚鑁事

校訂本文

近ごろ、高野の御山に、覚鑁聖人とてやんごとなき聖おはしけり。真言宗を悟りきはめて、一印頓成の春の花は、匂ひは寂寞の霞の衣にうつし、禅心合掌の秋の月は、光を無垢の心の内に照らして、弘法大師1)の昔の跡を問ひて、伝法院といふ所を2)建て、竜花三会の暁を待ちて入定し給へりけるとかや。時の人、あさみあへるわざ、なのめにも過ぎたり。西戎のつたなき、上るも下るも、高瀬舟にみなれ棹さしわびても、かの伝法院へ詣でて、東夷のけはしき、逢坂山に駒を早めて、遠きをしのぎて参り集まりて、高き卑しき市をなして、道もさらにさりあへず。さらなり、さこそ侍りけめ。こともけたたましきほどなり。

かかるままに、本寺の僧徒、集まておのおの議するやう、「わが朝六十余州には、大師3)のほか、誰の人か定に入れるはある。中にも、世下りて、わが山にいかなる行徳ある者なりとも、いかでか大師の御真似をしては侍るべき。いざ、伝法院へ寄せて、かの覚鑁が入定さまさん」と議して、にはかに寄りにけり。

覚鑁の門徒、防ぐべき力なくて、ちりぢりになり侍りぬ。本寺の僧、入定の所に乱れ入りて見るに、不動尊二体おはしましけり。一体は、覚鑁の日ごろの本尊の不動におはします。今一つは、聖の化したると思ゆ。ただし、いづれと見分きがたし。「いかがすべき」とためらひけるに、ある僧の、不動をさぐり奉りければ、少し温かにおはしければ、「これこそ覚鑁よ」とて、太刀にて切りけれども、つゆ切れざりけるを、「なじかは」とて、いたく切るほどに、覚鑁。定さめて、つひに切られ給へり。かかりければ、人々、谷へはね入りて、帰りにけり。

そののち、覚鑁、「こは心にもまかせぬわざかな。われ、この所に住まじ」とて、根来といふ所に庵を結びておはしけるが、七十二といひける三月三日、往生の素懐をとげ給へり。空に楽こ聞え、地に花降りて、まことにめでたくて、終りをとり給へりとなん。

さても、書き置き給へる言葉の中に、「禅三昧のわれを謗(そし)り、われを打ちたりし輩をも、すべて、そばめ、かれがれに思ふことなし。信・謗、同じく利せん」とこそ書き置き給ひけれ。この言、ことに身にしみて貴くぞ侍る。

仏は「みな、誰々も、わが真似をせよ」とこそ思しめし侍れど、人ありて、つたなきままにこそ、うちかなはであることなれ。しかるうへは、この聖人の、大師の真似して、定に入るは、誰々も悦ぶべきに、これをそばめけむ心、かへすがへす恐しくぞ侍る。

この覚鑁は、ただ人にはいませざりけるとやらん。白河院4)の、「生身の仏を拝み参らせん」とて、七日御祈侍りけるに、七日にあたる夜の御夢に、「明日の何時に、『高野の者』とて僧の参り侍らんを、拝ませましませ。それぞ、まことの生身の阿弥陀にていませんずる」と御覧じて、御夢覚めさせ給ひにけり。

かくて、御心もとなくて、「いかなる者か参らんずらむ」と待たせおはしますに、この聖人、「高野に伝法院建立のことを申さむ」とて、参り給へりける。御前へ召させ給ひたりければ、額より光さして、院の御目には見えさせ給ひければ、御夢不思議に思して、やがて、「五ヶの庄を給はせける」と申し伝へて侍り。

阿弥陀仏の姿を凡夫に化同5)しましまして、われらごときの雑々(ざうざう)の機のために、縁を結びて安養界へ導き給ふこと、申し出づるもこともおろかなれども、此寺を見聞くに、すずろに涙もれ出でて、袂をしぼりかねき。

されば、無上念王の御時、かの御国に6)生まれて、深く縁を結びて侍りけるやらん。すずろに頼もしく思えて、歎き憂へ7)のある時も、この御名を唱へ、身の寒く糧(かて)の乏(とも)しきにも、かこつかたと御名を申せば、結縁深くぞ思え侍る。

翻刻

近此高野の御山に覚鑁聖人とてやんことなき
聖おはしけり真言宗を悟きはめて一印頓
成の春の花は匂は寂寞の霞の衣にうつし禅
心合掌の秋の月は光を無垢の心の内に照し
て弘法大師の昔のあとを問て伝法院といふ
所に立龍花三会の暁を待て入定し給へり
けるとかや時の人あさみあへるわさなのめにも過
たり西戎のつたなきのほるもくたるも高瀬舟
にみなれ棹さしわひてもかの伝法院へまう
て東夷のけはしき合坂山に駒をはやめて/k210l
遠きをしのきてまいりあつまりて高き卑き
市をなして道もさらにさりあへすさらなり
さこそ侍りけめ事もけたたましき程なりかか
るままに本寺僧徒あつまて各議する様我
朝六十余州には大師の外誰の人か定に入れ
るはある中にも世下て我山にいかなる行徳ある
者なりとも争か大師の御まねをしては侍るへ
きいさ伝法院へよせてかの覚鑁か入定さまさんと
議して俄に寄にけり覚鑁の門徒ふせくへき
力なくてちりちりになり侍ぬ本寺の僧入定の所/k211r
に乱入て見るに不動尊二体おはしましけり一体
は覚鑁の日比の本尊の不動におはします今一
は聖の化したるとおほゆ但いつれとみわきかた
しいかかすへきとためらひけるに或僧の不動を
さくり奉りけれは少あたたかにおはしけれは是
こそ覚鑁よとて太刀にて切けれともつゆきれさ
りけるをなしかはとていたく切ほとに覚鑁定
さめてつゐにきられ給へりかかりけれは人々
谷へはね入て帰にけり其後覚鑁こは心にも
まかせぬわさ哉我この所に住ましとて根来/k211l
と云所に庵を結ておはしけるか七十二といひける
三月三日往生の素懐をとけ給へり空に楽
聞え地に花ふりて誠に目出て終をとり給へ
りとなんさても書置給へる詞の中に禅三昧
の我を謗我をうちたりし輩をも都てそは
めかれかれにおもふ事なし信謗同く利せんと
こそ書おき給ひけれこの言ことに身にしみて
貴そ侍る仏は皆誰々も我かまねをせよとこそ
思食侍れと人ありてつたなきままにこそうちかな
はてある事なれ然上は此聖人の大師のま/k212r
ねして定に入るは誰々も悦へきに是をそはめ
けむ心返々おそろしくそ侍る此覚鑁はたた人
にはいませさりけるとやらん白川院の生身の仏
を拝みまいらせんとて七日御祈侍りけるに七日
にあたる夜の御夢にあすの何時に高野のもの
とて僧のまいり侍らんを拝せましませそれそまこ
との生身の阿弥陀にていませんすると御覧し
て御夢さめさせ給ひにけりかくて御心元なくて
いかなる者かまいらんすらむと待せおはしますに此
聖人高野に伝法院建立の事を申さむとて/k212l
まいり給へりける御前へめさせ給ひたりけれは
額より光さして院の御目には見えさせ給
けれは御夢不思義におほしてやかて五ヶの庄
を給はせけると申伝て侍り阿弥陀仏の姿を
凡夫に化ほしましまして我等こときのさうさうの
機のために縁を結ひて安養界へ導給ふ事申
出も事もおろかなれ共此寺を見聞にすすろに
泪もれ出て袂をしほりかねきされは無上念
王の御時かの三国に生て深く縁を結て侍りける
やらんすすろにたのもしくおほえて歎憂人のあ/k213r
る時も此御名をとなへ身のさむくかてのともし
きにもかこつかたと御名を申せは結縁ふかく
そおほえ侍る/k213l
1) , 3)
空海
2)
「所を」は底本「所に」。
4)
白河天皇
5)
「化同」は底本「化ほ」。諸本により訂正
6)
「御国」は底本「三国」。「ミ国」の誤写とみて訂正。
7)
「憂へ」は底本「憂人」。諸本「人」なし。「へ」の誤写とみて訂正。
text/senjusho/m_senjusho07-08.txt · 最終更新: 2016/08/15 20:40 by Satoshi Nakagawa
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