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撰集抄

巻2第6話(14) 死人頭誦法華(慈恵)

校訂本文

過ぎぬるころ、陸奥国平泉の郡、挒といふ里に、しばし住み侍りし時、そのあたり見侍りしに、坂芝山(さかしばやま)といふ山あり。木の生ひたるありさま、岩の姿、水の流れたる、絵に描くとも、筆も及びがたきほどに見え侍り。

里を離れて十余町にや侍りけん、あちこち徘徊し侍るに、川のはたに、高さ一丈余なる石の塔を立てたり。くぎぬきし回し、草払ひなどして、めでたく見え侍りしかば、「これはいかなることにか」と尋ね侍りしに、ある人の申ししは、「中ごろ、この里に猛将侍り。その娘にありける者、『法華経の読みたく侍りけるが、教ふべき者なし』とて、朝夕泣き歎きて過ぎ侍りけるに、ある時、天井の上に声ありて言ふやう、『なんぢ、経を求めて前に置け。われ、ここにて教へん』と聞こゆ。あやしく思ひながら、経を得て、前に置き侍るに、天井の上にて、ゆゆしき声にて教へ侍り。八日といふに習ひ終りぬ。その時、この娘、『いかなるわざならん』と、いとどあやしく思えて、天井を見侍るに、白くされ、苔生ひたる頭(かうべ)に、舌の生きたる人のごとくなるあり。『この白骨の教へ侍るにこそ』と思ひ驚きて、『こは、誰にてかおはすらん』とあながちに尋ね聞こゆる時、『われはこれ、延暦寺の昔の住僧、慈恵大師1)の頭なり。なんぢが心ざしを感じて、来て教へ侍り。また、急ぎわれを坂芝山に送れ」と侍りければ、あはれにかたじけなきこと、たとふべきものなんなく思えて、泣く泣くこの山に納めて、かくのごとき塔婆なんどし侍り。このごろまても、山中に貴き御経の音するをり侍り。さて、この女は尼になりて、この山の中に庵結びて、思ひ澄まして侍りしが、この二十余年先に往生して侍るなり。その庵の形、今にあり。見よ」と申し侍りしかば、かの人々ともなひて、山の奥に入り侍りて見るに、口三間なる屋の、神さびて、形ばかり残りし。見侍りしかば、かきくらさるる心地して、今さら、ものも思えず侍りき。

かかるためし、げにありがたく侍るべき、まづ、御経習ふべき人もなき、辺土の境に生れぬる女の身に、げに明け暮れ経の読み奉らまほしく思えて、寝ても覚めてもこのことをのみ歎きをれりけん心の中の貴さは、つたなき筆には尽しがたく侍り。しかればこそ、慈恵大師の白骨をあらはして授け給ひけめと、かたじけなく侍り。

唐土(もろこし)の昔こそ。貧しき男の、経をえ読まざるとて、思ひ歎き侍りけるに、いづくの者ともなくて、見めよき女の来て、妻となりて、一部授け終りて、のちには観音と顕れて、失せ給へりきと、秦の明記に載せて侍れと、思ひ出だされて、くりかへし貴く侍り。また、上代は、さるためし、あまた侍れど、世下りては、げにとも思えぬわざなり。

また、さまかへて思ひ澄まして侍りけん、ことにうらやましく侍り。「今はいづれの浄土にか生れぬらん」と、かへすがへす、ゆかしく思ひやられて侍るぞや。われらがなまじひに家を出でて、衣は染めぬれど、はかばかしき信心をも発(おこ)さず、深山に思ひ澄ますことなくて、年のいたづらにたけぬる、そぞろに悲しく侍る。

さても、慈恵大師の、遠津国の、仏法まれなる坂芝山に跡を垂れて、無仏世界の衆生を度し給はんとにや。御経の声の聞こゆるは、これにもなほ驚かぬ心どもにて、殺生・闘諍の盛んなる里にて侍る悲しさよと、思ふにつけても、何としても浮かむべき衆生どもと思えて、そぞろに歎かしく侍り。

なほなほ、この女、名字も知らまほしく、その姓、その流もたづねたく、年月もかんがへたく侍りしかども、つまびらかに知れる人無くて、しるし及び侍らず。この所はかやうのこと、無下に情けなき里にて、二十余廻りの前の不思議をも、たしかに知らず侍り。「あはれ、その弟ならんといふ人も、ながらへてもや侍らん」とたづね合はまほしく侍り。

翻刻

過ぬる比陸奥国ひらいつみの郡挒と云里にしはし
すみ侍りし時其あたり見侍りしにさかしは山と云
山あり木の生たる有様岩の姿水の流たる絵に
書とも筆も難及き程に見え侍り里を離れて十/k47l
余町にや侍りけんあちこち徘徊し侍るに河の
はたに高一丈余なる石の塔を立たりくきぬきし
まはし草払なとして目出くみえ侍りしかは是はいか
なる事にかと尋侍りしに或人の申しは中比此里に
猛将侍り其娘に有けるもの法花経の読たく
侍りけるかをしふへき者なしとて朝夕なき歎て
過侍りけるに或時天井の上に声ありて云やう
なんち経を求て前にをけ我ここにてをしへんと聞ゆ
あやしく思ひなから経を得て前に置侍るに天井
の上にてゆゆしきこゑにてをしへ侍り八日と云に/k48r
習終りぬ其時此娘いかなるわさならんといととあや
しく覚て天井を見侍るに白くされ苔生たるかうへ
に舌のいきたる人のことくなる有此白骨のおしへ侍るに
こそと思驚てこは誰にてかおはすらんと強に尋聞
ゆるとき我は是延暦寺の昔の住僧慈恵大師の
かうへ也汝か心さしを感して来ておしへ侍り又いそき
我をさかしは山に送れと侍りけれは哀に忝事たとう
へき物なんなく覚て泣々此山に納て如此塔婆なん
とし侍り此ころまても山中に貴き御経のをと
する折侍りさて此女は尼に成て此山の中に庵結て/k48l
思澄して侍りしか此二十余年先に往生して侍る也
其いほりの形今にあり見よと申侍りしかはかの人々
ともなひて山のおくに入侍りて見るに口三間なる
屋の神さひて形はかり残りし見侍りしかはかき
くらさるる心地して今更物もおほえす侍りきかかるた
めしけに有かたく侍るへき先御経ならふへき人もなき
辺土の境に生れぬる女の身にけに明暮経のよみ
奉らまほしく覚てねても覚ても此事をのみ
歎をれりけん心の中の貴さはつたなき筆には難尽
侍り然はこそ慈恵大師の白骨を顕て授給ひけめ/k49r
と忝侍もろこしの昔こそまつしき男の経をえよま
さるとておもひ歎侍りけるにいつくのものともなくて
見めよき女の来て妻と成て一部授をはりて後
には観音と顕れて失給へりきと秦の明記に載て
侍れと思出されてくり返貴く侍り又上代はさるため
し余多侍れと世下てはけにとも覚ぬわさ也又さま
かへて思澄て侍りけん殊に羨しく侍り今はいつれ
の浄土にかむまれぬらんと返々ゆかしく思ひやられ
て侍るそや我れらかなましいに家を出て衣は染ぬれ
とはかはかしき信心をも発さす深山に思ひすます/k49l
事なくて年のいたつらにたけぬるそそろに悲しく
侍る偖も慈恵大師の遠津国の仏法希なる
さかしは山に跡を垂て無仏世界の衆生を渡し給はん
とにや御経のこゑの聞ゆるは是にも猶驚かぬ心とも
にて殺生闘諍の盛なる里にて侍る悲さよと思ふ
に付ても何としてもうかむへき衆生共と覚てそそろ
に歎かしく侍り猶々此女名字もしらまほしくその
性其流も尋たく年月も勘たく侍りしかともつ
まひらかにしれる人無て注及ひ侍らす此所はか様の
事無下に情なき里にて廿余廻の前のふしき/k50r
をも慥に不知侍哀其弟ならんと云人もなからへ
てもや侍らんと尋合まほしく侍り/k50l
1)
良源
text/senjusho/m_senjusho02-06.txt · 最終更新: 2016/05/21 22:07 by Satoshi Nakagawa
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