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text:senjusho:m_senjusho01-01 [2016/05/03 21:29] – [巻1第1話(1) 増賀聖人] Satoshi Nakagawatext:senjusho:m_senjusho01-01 [2016/05/16 22:11] (現在) – [翻刻] Satoshi Nakagawa
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 げにも、うたてしき物は名利の二つなり。まさしく貪・瞋・痴の三毒よりこと起りて、この身をまことある物と思ひて、これを助けんために、そこばくの偽りをかまふるにや。武勇の家に生るるものは、胡録の矢をはやくつがひ、三尺の剣を抜きて、一陣をかけて命を失ふも、名利勝他のためなり。柳の黛(まゆずみ)細く書き、蘭麝を衣に移し、秋風の名残を送る姿ともてあつかふも、名利の二つにすぎず。 げにも、うたてしき物は名利の二つなり。まさしく貪・瞋・痴の三毒よりこと起りて、この身をまことある物と思ひて、これを助けんために、そこばくの偽りをかまふるにや。武勇の家に生るるものは、胡録の矢をはやくつがひ、三尺の剣を抜きて、一陣をかけて命を失ふも、名利勝他のためなり。柳の黛(まゆずみ)細く書き、蘭麝を衣に移し、秋風の名残を送る姿ともてあつかふも、名利の二つにすぎず。
  
-また、墨染の袂に身をやつし、念珠を手に繰るも、せんは、ただ、「人に帰依せられて、世を過ぎん」とのはかりごと、あるいは、「極位極官をきはめて、公家の梵につらなり、三千の禅徒にいつかれて」と思へり。名利の二つを離れず。+また、墨染の袂に身をやつし、念珠を手に繰るも、せんは、ただ、「人に帰依せられて、世を過ぎん」とのはかりごと、あるいは、「極位極官をきはめて、公家の梵につらなり、三千の禅徒にいつかれて」と思へり。名利の二つを離れず。
  
 この理(ことはり)を知らざるたぐひは、申すに及ばず。唯識・止観に眼をさらし、法文の至理をわきまへ侍るほどの人達の、知りながら捨て侍らで、生死の海にただよひ給ふぞかし。誰々もこれをもて離れんとし侍れど、世々を経て思ひなれにしことの、あらためがたさに侍り。 この理(ことはり)を知らざるたぐひは、申すに及ばず。唯識・止観に眼をさらし、法文の至理をわきまへ侍るほどの人達の、知りながら捨て侍らで、生死の海にただよひ給ふぞかし。誰々もこれをもて離れんとし侍れど、世々を経て思ひなれにしことの、あらためがたさに侍り。
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   くるも詮は唯人に帰依せられて世を過んとのはかりこと   くるも詮は唯人に帰依せられて世を過んとのはかりこと
-  或は極位極官をきはめて公家の梵に列三千の禅徒+  或は極位極官をきはめて公家の梵に列三千の禅徒
   にいつかれてと思へり名利の二を不離此理を不知類は   にいつかれてと思へり名利の二を不離此理を不知類は
   不及申唯識止観に眼をさらし法文の至理を弁侍る   不及申唯識止観に眼をさらし法文の至理を弁侍る
text/senjusho/m_senjusho01-01.1462278576.txt.gz · 最終更新: 2016/05/03 21:29 by Satoshi Nakagawa