text:mumyosho:u_mumyosho063
目次
無名抄
第63話 道因歌に志深事
校訂本文
道因歌に志深事
この道に心ざし深かりしことは、道因入道並びなき者なり。七八十になるまで「秀歌詠ませ給へ」と祈らんため、徒歩(かち)より住吉へ月詣でしたる、いとありがたきことなり。
ある歌合に、清輔判者にて、道因が歌を負かしたりければ、わざと判者のもとにまうでて、まめやかに涙を流しつつ、泣き恨みければ、亭主、言はん方なく、「かばかりの大事にこそ逢はざりつれ」とぞ、語られける。
九十ばかりになりては、耳などもおぼろなりけるにや、会のときはことさらに講師の座の際(きわ)に分け寄りて、脇許(わきもと)につぶと添ひ居て、みづはさせる姿に耳を傾(かたぶ)けつつ、他事なく聞きける気色など、なほざりのこととは見えざりき。
千載集撰ばれ侍りし事は、かの入道失せて後のことなり。されど、亡き後にも、「さしも道に心ざし深かりし者なり」とて、優して十八首を入れられたりけるに、夢のうちに来たりて、涙を落しつつ、喜び言ふと見給ひたりければ、ことにあはれがりて、今二首を加へて二十首になされたりけるとぞ。
しかるべかりけることにこそ。
翻刻
道因哥ニ志深事 此道に心さしふかかりしことは道因入道なら ひなき物なり七八十になるまて秀哥よませ 給へといのらんためかちよりすみよしへ月まうて したるいとありかたき事也ある哥合に清輔 判者にて道因か哥をまかしたりけれはわさ と判者のもとにまうててまめやかになみたをなか しつつなきうらみけれは亭主いはんかたなく/e51r
かはかりの大事にこそあはさりつれとそかたられ ける九十はかりになりてはみみなともおほろな りけるにや会のときはことさらに講師の座 のきわにわけよりてわきもとにつふとそひゐて みつはさせるすかたにみみをかたふけつつ他事なく ききけるけしきなとなをさりのこととはみえさ りき千載集ゑらはれ侍し事はかの入道うせて のちの事也されとなきあとにもさしもみちに 心さしふかかりし物なりとて優して十八首を いれられたりけるに夢のうちにきたりて なみたをおとしつつよろこひいふとみ給たりけれは/e51l
ことにあはれかりて今二首をくはへて廿首に なされたりけるとそしかるへかりけることにこそ/e52r
text/mumyosho/u_mumyosho063.txt · 最終更新: 2014/10/05 18:52 by Satoshi Nakagawa