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無名抄

第13話 不可立歌仙之由教訓事

校訂本文

不可立歌仙之由教訓事

同じ人、常に教へていはく、「あなかしこ、あなかしこ、歌詠みな立て給ひそ。歌はよく心すべき道なり。我(われ)がごとく、あるべきほど定まりぬる者は、いかなる振舞をすれども、それによりて、身のはふるることはなし。そこなどは、重代の家に生まれて、早くみなし子になれり。人こそ用ゐずとも、心ばかりは思ふ所ありて、身を立てんと骨張るべきなり。しかあるを、歌の道、その身に堪へたることなれば、ここかしこの会に、『構へて、構へて』と招請すべし。よろしき歌、詠み出でたらば、面目もあり、道の名誉も出で来ぬべし。さはあれど、所々にへつらひ歩(あり)きて、人に知らるる方はありとも、遷度の障(さは)りとは必ずなるべかめり。そこたちのやうなる人は、いと人にも知られずして、さし出づる所には『誰(たれ)そ』など問はるるやうにて、心にくく思はれたるがよきなり。さて、何事も好むほどに、その道に優れぬれば、『錐(きり)、袋にたまらず」とて、その聞こえありて、しかるべき所の会にも交はり、雲客・月卿の筵(むしろ)の末に臨むこともありぬべし。これこそ、道の遷度にてはあれ。ここかしこの人非人が類(たぐひ)に連なりて、人に知られ、名を上げては、何かはせん。心には面白く進ましく思ゆとも、必ず所嫌ひして、『やうやうし』と人に言はれむと思はるべき」となん、教へ侍りし。

今、思ひ合はすれば、いみじき恩を蒙(かう)ぶれるなり。さるはかしこき物のならひなれば、我が子などをだに、おぼろげならでは教訓することもなかりしを、かやうに後安く言ひ教へけるは、またことごとにあらず。管絃の道につけて、跡継ぐべき者とて、「世にも人にも数へられてあれかし」と思ひけるにこそ。のどかに思へば、いとあはれになむ。

翻刻

不可立哥仙之由教訓事/e14r
おなし人つねにをしへて云あなかしこあなかしこ哥よみ
なたて給そ哥はよく心すへき道なりわれかこと
くあるへきほとさたまりぬる物はいかなるふるまひを
すれともそれによりて身のはふるることはなし
そこなとは重代の家にむまれてはやくみなし子に
なれり人こそもちゐすとも心はかりはおもふ所ありて
身をたてんとほねはるへきなりしかあるを哥の道
その身にたへたることなれはここかしこの会にかま
へてかまへてと招請すへしよろしき哥よみいてたらは
面目もありみちの名誉もいてきぬへしさはあれと/e14l
所々にへつらひありきて人にしらるる方はありと
も遷度のさはりとはかならすなるへかめりそこたち
のやうなる人はいと人にもしられすしてさしいつる
所にはたれそなととはるるやうにて心にくくおもはれ
たるかよきなりさてなに事もこのむほとにそのみちに
すくれぬれはきりふくろにたまらすとてそのきこえ
ありてしかるへき所の会にもましはり雲客
月卿のむしろのすゑにのそむこともありぬへし
これこそみちの遷度にてはあれここかしこの人非人
かたくひにつらなりて人にしられ名をあけては/e15r
なにかはせん心にはおもしろくすすましくおほゆと
もかならす所きらひしてやうやうしと人にいはれむと
おもはるへきとなんおしへ侍し今おもひあはすれは
いみしき恩をかうふれるなりさるはかしこき物のなら
ひなれは我子なとをたにおほろけならては教訓す
ることもなかりしをかやうにうしろやすくいひをしへ
けるは又ことことにあらす管絃のみちにつけてあと
つくへき物とて世にも人にもかすへられてあれかし
とおもひけるにこそのとかにおもへはいとあはれになむ/e15l
text/mumyosho/u_mumyosho013.txt · 最終更新: 2014/09/13 18:15 by Satoshi Nakagawa
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