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text:mogyuwaka:ndl_mogyuwaka14-07 [2018/03/17 22:24] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:mogyuwaka:ndl_mogyuwaka14-07 [2018/03/17 22:27] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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** 劉昆反火 陳留人也 ** | ** 劉昆反火 陳留人也 ** | ||
- | 後漢の劉昆、字(あざな)は桓公といへり。光武帝の御時、はじめ((底本「家」に「ハシメ」と傍書。次行の「民家」の目移りによる誤写とみられる。))広陵((底本「広淩」。書陵部本により訂正))の守として赴きけり。 | + | 後漢の劉昆、字(あざな)は桓公といへり。 |
- | にはかに火出で来て、民家焼けけるに、劉昆、火に向ひて、頭(かしら)を叩きてうれへければ、風を返して、火を消ちてけり。 | + | 光武帝の御時、はじめ((底本「家」に「ハシメ」と傍書。次行の「民家」の目移りによる誤写とみられる。))広陵((底本「広淩」。書陵部本により訂正))の守として赴きけり。にはかに火出で来て、民家焼けけるに、劉昆、火に向ひて、頭(かしら)を叩きてうれへければ、風を返して、火を消ちてけり。 |
後に、弘農守移りにけり。弘農には、猛き虎多くして、人を害しけり。劉昆、境に入りてより、北の方、川を渡りて、長く去りにけり。 | 後に、弘農守移りにけり。弘農には、猛き虎多くして、人を害しけり。劉昆、境に入りてより、北の方、川を渡りて、長く去りにけり。 |
text/mogyuwaka/ndl_mogyuwaka14-07.txt · 最終更新: 2018/03/17 22:27 by Satoshi Nakagawa