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text:mogyuwaka:ndl_mogyuwaka11-18

蒙求和歌

第11第18話(168) 鋤倪触槐

校訂本文

鋤倪触槐1)

鋤倪2)は晋の霊公の力士なり。

晋の大夫3)趙盾4)、忠臣として、霊公さかりにおごりて、政(まつりごと)のよこざまなるを諫(いさ)むに、霊公、心得ぬことに思ひなりて 、趙盾を失なはむとす。鋤倪に仰(おほ)せて、殺しに遣はす。

鋤倪、行きて見るに、朝服を着て、あからさま寄り臥して、夜の明くるを待つ気色なり。鋤倪、これを見るに、今も忠勤の姿なり。「もとよりも、君を諫むるは、忠ありて科(とが)なし。これを殺さむことは、不忠になるべし。殺さずは、命を承りて、変ずるになりぬべし」と思へり。

時に、みづから頭(かうべ)を槐(からたち)に触れて死ぬ。

趙盾、首山に狩りして、桑の下の餓人を知る。示昧明なり。趙盾、食ひ物を与ふ。半らを食ひ残して、「母に与へむ」と言ふを、「あはれ」と思ひて、なほ飯宍を与へたり。さて、ともに行方(ゆくへ)を知らずなりぬ。
また後に、晋の霊公、趙盾を失なはむとて、酒を勧めて、数盃をせめけり。示昧明、進みていはく、「三行しかむべし」と言へり。趙盾、すでに去りぬ。
霊公の壮士、囓狗(ひとくひいぬ)を修(はな)ちてけり。名をば熬(かう)(大高四尺也)と言へり。示昧明、趙盾を助けんがために、狗を摶(う)ち殺しつ。
又車の片輪(かたわ)を抜きて、趙盾を殺さむとするに。示昧明、軸(よこがみ)を肘(ひぢ)に受けて、家に送りてけり。趙盾、「われを助くる人、誰(たれ)ぞ」と泣く泣く問ふに、「桑下の餓人なり」とばかり5)言ひて、名をばあらはさずして去りぬ。

  年を経てかたみに契るなかだちも命(いのち)にかふるあとはまれなり

翻刻

鋤倪触(シヨク)槐  〃〃ハ晋霊公ノ力士也晋ノ丈/夫超遁忠臣トシテ霊公サカリニヲコリテ
マツリ事ノヨコサマナルヲイサムニ霊公心エヌ事ニ思ナリテ
趙遁ヲウシナハムトス鋤倪ニヲホセテコロシニツカハス鋤倪/d2-25l
ユキテミルニ朝服ヲキテアカラサマヨリフシテ夜ノアクルヲマツ
ケシキナリ鋤倪コレヲミルニ今モ忠勤ノスカタナリモトヨ
リモキミヲイサムルハ忠アリテトカナシコレヲコロサムコトハ不忠ニ
ナルヘシコロサスハ命ヲウケタマハリテ変スルニナリヌヘシト思ヘリ
時ニミツカラカウヘヲ触レテ槐(カラタチニ/ヱ〓ヌ)シヌ
  趙遁首山ニカリシテ桑ノ下ノ餓人ヲシル示(シ)昧明(メイ)ナリ趙
  遁食(クヒモノヲ)アタフナカラヲクヒノコシテ母ニアタエムト云ヲアハレト
  思テナヲ飯宍ヲアタヘタリサテトモニユクヱヲシラス
  ナリヌ又後ニ晋ノ霊公趙遁ヲウシナハムトテ酒ヲ
  ススメテ数盃ヲセメケリ示昧明ススミテ云ク三行
  シカムヘシト云ヘリ趙遁ステニ去ヌ霊公ノ壮士修(ハナチテ)ケリ
  囓(ヒトクヒ)狗(イヌヲ)名ヲハ熬(カウ)(大高四尺也)ト云ヘリ示(シ)昧(マイ)明(メイ)趙遁ヲタスケンカ
  タメニ摶(ウチ)殺シツ狗ヲ又車ノカタワヲヌキテ趙遁ヲコロサムトス
  ルニ示昧明ヨコカミヲヒチニウケテイエニヲクリテケリ趙遁/d2-26r
  我ヲタスクル人タレソトナクナクトフニ桑下ノ餓人ナリ□□
  カリ云テ名ヲハアラハサスシテサリヌ
      年ヲヘテカタミニチキルナカタチモ
      イノチニカフルアトハマレナリ/d2-26
1)
通常「鉏麑触槐」
2)
鉏麑が正しい。
3)
「大夫」は底本「丈夫」。文脈により訂正。なお書陵部本は「士」。
4)
「趙盾」は底本「超遁」。これ以下は底本すべて「趙遁」のため訂正。なお、底本及び典拠の表記は「趙遁」だが、「趙盾」が一般的なので書き換えた。
5)
底本、「とばかり」の「とば」虫損。書陵部本により補う。
text/mogyuwaka/ndl_mogyuwaka11-18.txt · 最終更新: 2018/02/20 22:58 by Satoshi Nakagawa