Recent changes RSS feed

蒙求和歌

第5第6話(76) 文君当盧

校訂本文

文君当鑪 蜀都人なり

文君1)は臨邛の富人卓王孫が女(むすめ)、美女なり。眉は遠山かと思え、瞼(まなぶた)は芙蓉に似たり。常に心を澄まして、琴を弾きけり。

時に司馬相如といふ者あり。家貧しけれども、文道にかしこく、管絃に名を得たりし人なり。相如、卓王孫が家に行きて、文を談じ、琴を弾きけるに、文君、めでて、心をそめけり。つひに相如に逢ひにけり。

相如、文君とともに、成都へ帰りにけり。家を見れば、庭は蓬(よもぎ)に閉ぢられて、軒(のき)は忍ぶ2)にうづもれて、はつかに四壁3)のみぞありける。文君、とかくして世を渡りて、貧しきことを憂へず、二心(ふたごころ)なかりけり。親・兄弟(はらから)は、おほきにうけぬことに思ひけり。

相如、車騎を売りて、その値(あた)得て、文君とともに臨邛に行きて、一つの酒舎を買ひて、酒を作りて売りけり。文君は鑪を守り、相如は犢鼻褌を着て、器を滌(すす)ぎけり。卓王孫、これを恥ぢて、門を柆(ふさ)ぎて出でず。

諸公、卓王孫に会ひて、「なんぢ、相如が貧しきを厭(いと)ふことなかれ。人の世にある財(たから)に富めるをば敬はず。道に富めるを貴しとす。相如は道に長ぜるゆゑに、敬ふところ深し。貧しきをあなづりて、恥づるところなかれ」といさめけり。

時に、僮僕百人、銭百万を与へて、成都へ帰しやりてけり。子虚賦を作りて、おほやけに奉るに、帝しきりに讃め給ひて、拝し郎となす。重ねて文園の令となりぬ。

常に、「病ひのみ4)」と言ひなして、閑居を好みけり。

鑪字、本盧に作るなり。酒盧なり。酒を売る所なり。酒を火に暖むるものにはあらず。

  板間漏る月をも二人ながむれば荒れたる宿(やど)もさもあらばあれ

翻刻

文君当鑪 蜀都人ナリ
文君ハ臨邛(クヰヨフ)ノ冨人卓王孫カ女(ムスメ)美女也マユハ遠山(エムサム)カト
ヲホヘマナフタハ芙蓉ニ似リツネニ心ヲスマシテ琴ヲヒキ
ケリ時司馬相如ト云モノ有リ家マツシケレトモ文道ニカ
シコク管絃ニ名ヲエタリシ人ナリ相如卓王孫カ家ニ行テ文ヲ
談シ琴ヲヒキケルニ文君メテテ心ヲソメケリツイニ相如ニアヒニケ
リ相如文君トトモニ成(セイ)都ヘカヘリニケリ家ヲミレハ庭ニハハ
ヨモキニトチラレテノキハシノフニウツモレテハツカニ四(シ)躄(ヘキ)ノ
ミソアリケル文君トカクシテヨヲワタリテマツシキコトヲウレヘス
フタ心ロナカリケリヲヤハラカラハヲホキニウケヌコトニヲモヒ
ケリ相如車騎ヲウリテソノアタヘテ文君トトモニ臨邛ニユキ
テ一ノ酒舎ヲカヒテ酒ヲツクリテウリケリ文君ハ鑪ヲマモリ/d1-37l
相如ハ著テ犢(トク)鼻褌(コシヲ)滌(ススキ)器ヲケリ卓王孫コレヲハチテ柆(フセキテ)
門ヲイテス諸公卓王孫ニアヒテ汝チ相如カマツシキヲイトフコトナカレ
人ノヨニアルタカラニトメルヲハウヤマハスミチニトメルヲ貴シトス
相如ハミチニ長セルユエニウヤマフトコロフカシマツシキヲアナ
ツリテハツルトコロナカレトイサメケリ時ニ僮僕百人銭ニ
百万ヲアタヘテ成都ヘカヘシヤリテケリ子(シ)虚(キヨ)賦ヲツクリテ
ヲホヤケニタテマツルニ帝シキリニホメタマヒテ拝(ハイシ)為ス
郎トカサネテ文園(エムノ)令トナリヌツネニ病ヒ□□トイヒナ
シテ閑居ヲコノミケリ
        鑪字本作盧ナリ酒盧ナリ酒ヲウル所ナリ
        酒ヲ火ニアタタムルモノニハアラス
  イタマモル月ヲモフタリナカムレハアレタルヤトモサモアラハアレ/d1-38r
1)
卓文君
2)
忍草
3)
「四壁」は底本「四躄」。諸本により訂正。
4)
底本「のみ」虫損。書陵部本(桂宮本)により補入。
text/mogyuwaka/ndl_mogyuwaka05-06.txt · 最終更新: 2017/11/26 17:24 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
Recent changes RSS feed Driven by DokuWiki

yatanavi.org ©2004-2018 Satoshi Nakagawa