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text:kohon:kohon070 [2014/06/28 02:54] – [校訂本文] Satoshi Nakagawatext:kohon:kohon070 [2016/01/29 15:38] (現在) Satoshi Nakagawa
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 +古本説話集
 ====== 第70話 関寺の牛の間の事 ====== ====== 第70話 関寺の牛の間の事 ======
  
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 ===== 校訂本文 ===== ===== 校訂本文 =====
  
-今は昔、左衛門の大夫、平の義清(のりきよ)が父、越後の守、その国より白き牛を得たり。年ごろ乗りて歩(あり)くほどに、清水なる僧に取らせて、また関寺の聖の関寺造るに、空車(むなぐるま)を持ちて、牛のなかりければ、この牛を聖に取らせつ。+今は昔、左衛門の大夫、平の義清(のりきよ)が父、越後の守((平中方))、その国より白き牛を得たり。年ごろ乗りて歩(あり)くほどに、清水なる僧に取らせて、また関寺の聖の関寺造るに、空車(むなぐるま)を持ちて、牛のなかりければ、この牛を聖に取らせつ。
  
 聖、このよしを言ひて、寺の木を引かす。木のある限り引き果てて後に、三井寺の前大僧正、夢に関寺に参り給ひけるに、御堂の前に白き牛繋ぎてあり。僧正、「こはなんぞの牛ぞ」と問ひ給へば、牛の言ふやう、「己は迦葉仏なり。しかるを、『この寺の仏を助けむ』とて、牛になりたるなり」と見て、夢覚めぬ。「心得ぬ夢かな」とおぼして、僧一人をもちて、関寺に「寺の木引く牛やある」と問ひに遣り給ふ。 聖、このよしを言ひて、寺の木を引かす。木のある限り引き果てて後に、三井寺の前大僧正、夢に関寺に参り給ひけるに、御堂の前に白き牛繋ぎてあり。僧正、「こはなんぞの牛ぞ」と問ひ給へば、牛の言ふやう、「己は迦葉仏なり。しかるを、『この寺の仏を助けむ』とて、牛になりたるなり」と見て、夢覚めぬ。「心得ぬ夢かな」とおぼして、僧一人をもちて、関寺に「寺の木引く牛やある」と問ひに遣り給ふ。
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 そのよしを申せば、驚き尊び給ひて、三井寺より多くの僧ども引き具して、関寺へ参り給ふ。牛を尋ね給ふに、見えず。問ひ給へば「飼ひに山の方へ遣はしつ。取りに遣はさむ」と言ひて、童を遣りつ。牛、童に違(ちが)ひて、御堂の後ろの方に来たり。「取りて率てこ」とのたまへば、取られず。僧正のかたじけながりて、「な取りそ。離れて歩かむを拝むべし」とて、拝み給ふと、僧どもも拝む。その時に、牛、御堂を三巡(みめぐ)り巡りて、仏の方に向ひて寄り臥しぬ。「稀有の事なり」と言ひて、聖はじめて、泣くこと限りなし。 そのよしを申せば、驚き尊び給ひて、三井寺より多くの僧ども引き具して、関寺へ参り給ふ。牛を尋ね給ふに、見えず。問ひ給へば「飼ひに山の方へ遣はしつ。取りに遣はさむ」と言ひて、童を遣りつ。牛、童に違(ちが)ひて、御堂の後ろの方に来たり。「取りて率てこ」とのたまへば、取られず。僧正のかたじけながりて、「な取りそ。離れて歩かむを拝むべし」とて、拝み給ふと、僧どもも拝む。その時に、牛、御堂を三巡(みめぐ)り巡りて、仏の方に向ひて寄り臥しぬ。「稀有の事なり」と言ひて、聖はじめて、泣くこと限りなし。
  
-それより後、世に広ごりて、京中の人、こぞりて詣でずといふことなし。入道殿より始め奉りて、殿ばら、上達部、参らぬなきに、小野宮右の大臣(おとど)のみぞ参り給はざりける。閑院のおほき大殿参り給ひて、下衆のやんごとなく多かりければ、車より降りて歩まむ。軽々(きやうきやう)におぼしければ、この寺に車に乗りながら入り給ふを、罪得がましくやおぼしけむ、縄を引き切りて、山ざまへ逃げて往ぬ。大殿、下りゐて、「乗りながらありつるを、『無礼(むらい)なり』とおぼして、この牛は逃げぬるなめり」と、悔い悲しみ給ふこと限りなし。+それより後、世に広ごりて、京中の人、こぞりて詣でずといふことなし。入道殿((藤原道長))より始め奉りて、殿ばら、上達部、参らぬなきに、小野宮右の大臣((藤原実資))のみぞ参り給はざりける。閑院のおほき大殿((藤原公季))、参り給ひて、下衆のやんごとなく多かりければ、車より降りて歩まむ。軽々(きやうきやう)におぼしければ、この寺に車に乗りながら入り給ふを、罪得がましくやおぼしけむ、縄を引き切りて、山ざまへ逃げて往ぬ。大殿、下りゐて、「乗りながらありつるを、『無礼(むらい)なり』とおぼして、この牛は逃げぬるなめり」と、悔い悲しみ給ふこと限りなし。
  
-その時に、かく懺悔(さんくゑ)し給ふを、「あはれ」とやおぼしけむ、やをら山から下り来て、牛屋の内に寄り臥しぬ。その折に大殿(おとど)、草を取りて牛に食はせ給ふ。牛、異草(ことくさ)は食はぬ心に、この草をくぐめば、大殿、直衣(なをし)の袖を顔にふたぎて、泣き給ふ。見る人も貴がりて泣く。鷹司殿の上、大殿の上も、皆参り給へり+その時に、かく懺悔(さんくゑ)し給ふを、「あはれ」とやおぼしけむ、やをら山から下り来て、牛屋の内に寄り臥しぬ。その折に大殿(おとど)、草を取りて牛に食はせ給ふ。牛、異草(ことくさ)は食はぬ心に、この草をくぐめば、大殿、直衣(なをし)の袖を顔にふたぎて、泣き給ふ。見る人も貴がりて泣く。鷹司殿の上((藤原道長室源倫子))、大殿の上((藤原公季室))も、皆参り給へり
  
 かくのごとく、四五日がほど、こぞりて参り集ふほどに、聖の夢に、この牛言ふやう、「今はこの寺の事し果てつ。明後日(あさて)の夕方帰りなんず」と言ふ。夢覚めて、泣き悲しみて、僧正候ふ房に参りて申すに、「この寺にも、かかる夢見て語る人ありつ。あはれなることかな」と言ひて、いみじう貴がり((底本「たうかり」))給ふ。その時に、よろづの人聞きつきて、いよいよ参ること、道の隙さりあふることなし。 かくのごとく、四五日がほど、こぞりて参り集ふほどに、聖の夢に、この牛言ふやう、「今はこの寺の事し果てつ。明後日(あさて)の夕方帰りなんず」と言ふ。夢覚めて、泣き悲しみて、僧正候ふ房に参りて申すに、「この寺にも、かかる夢見て語る人ありつ。あはれなることかな」と言ひて、いみじう貴がり((底本「たうかり」))給ふ。その時に、よろづの人聞きつきて、いよいよ参ること、道の隙さりあふることなし。
行 41: 行 42:
   いまはむかしさゑもんの大夫平ののりきよか   いまはむかしさゑもんの大夫平ののりきよか
   ちちゑちこのかみそのくによりしろきうしを   ちちゑちこのかみそのくによりしろきうしを
-  えたりとしころのりてありくほとにきよ水/B266 E136+  えたりとしころのりてありくほとにきよ水/b266 e136
  
   なる僧にとらせて又関寺のひしりの関寺つ   なる僧にとらせて又関寺のひしりの関寺つ
行 52: 行 53:
   とひ給へはうしのいふやうをのれはかせう仏也しかる   とひ給へはうしのいふやうをのれはかせう仏也しかる
   をこのてらのほとけをたすけむとて牛になりたる   をこのてらのほとけをたすけむとて牛になりたる
-  なりとみてゆめさめぬ心えぬゆめかなとおほして/B267 E136+  なりとみてゆめさめぬ心えぬゆめかなとおほして/b267 e136
  
   僧一人をもちてせきてらに寺の木ひくうし   僧一人をもちてせきてらに寺の木ひくうし
行 63: 行 64:
   牛をたつね給にみえすとひ給へはかひにやまのか   牛をたつね給にみえすとひ給へはかひにやまのか
   たへつかはしつとりにつかはさむといひてわらわを   たへつかはしつとりにつかはさむといひてわらわを
-  やりつ牛わらはにちかひて御たうのうしろのかたに/B268 E137+  やりつ牛わらはにちかひて御たうのうしろのかたに/b268 e137
  
   きたりとりてゐてことの給へはとられす僧正のかた   きたりとりてゐてことの給へはとられす僧正のかた
行 74: 行 75:
   入道殿よりはしめたてまつりて殿はらかむたち   入道殿よりはしめたてまつりて殿はらかむたち
   めまいらぬなきに小野宮右のをととのみそまいり   めまいらぬなきに小野宮右のをととのみそまいり
-  給はさりけるかん院のおほき大殿まいり給てけす/B269 E137+  給はさりけるかん院のおほき大殿まいり給てけす/b269 e137
  
   のやんことなくおほかりけれはくるまよりをりて   のやんことなくおほかりけれはくるまよりをりて
行 85: 行 86:
   をあはれとやおほしけむやをら山からをりきて   をあはれとやおほしけむやをら山からをりきて
   うしやのうちによりふしぬそのをりにおととくさ   うしやのうちによりふしぬそのをりにおととくさ
-  をとりて牛にくわせ給うしことくさはくはぬ心に/B270 E138+  をとりて牛にくわせ給うしことくさはくはぬ心に/b270 e138
  
   このくさをくくめは大殿なをしの袖をかほ   このくさをくくめは大殿なをしの袖をかほ
行 96: 行 97:
   いりて申にこのてらにもかかるゆめみてかたる人   いりて申にこのてらにもかかるゆめみてかたる人
   ありつあはれなることかなといひていみしうたうか   ありつあはれなることかなといひていみしうたうか
-  り給その時によろつのひとききつきていよいよ/B271 E138+  り給その時によろつのひとききつきていよいよ/b271 e138
  
   まいることみちのひまさりあふることなしその   まいることみちのひまさりあふることなしその
行 107: 行 108:
   ふくるしかりてふしてはをきふしてはをきしつつあせに   ふくるしかりてふしてはをきふしてはをきしつつあせに
   なりてたしかにみめくりしてうしやにかへりて   なりてたしかにみめくりしてうしやにかへりて
-  きたまくらにふしてよつのあしをさしのへて/B272 E139+  きたまくらにふしてよつのあしをさしのへて/b272 e139
  
   ねいるかことくしてしぬそのときにまいりあつま   ねいるかことくしてしぬそのときにまいりあつま
行 118: 行 119:
   たててくきぬきしてうゑにたうをつくるこの   たててくきぬきしてうゑにたうをつくるこの
   三井寺のほとけはみろくにおはすゐたけは三尺なり   三井寺のほとけはみろくにおはすゐたけは三尺なり
-  むかしのほとけはたうもこほれほとけもくちうせて/B273 E139+  むかしのほとけはたうもこほれほとけもくちうせて/b273 e139
  
   昔の関寺のあとなといひて御めしはかりをみて   昔の関寺のあとなといひて御めしはかりをみて
行 129: 行 130:
   かならすほとけになるいかにいはむや左右のたな   かならすほとけになるいかにいはむや左右のたな
   心をあはせてひたひにあてていちせんの心ををこ   心をあはせてひたひにあてていちせんの心ををこ
-  してをかむ人はたうらいのみろくの世にかならす/B274 E140+  してをかむ人はたうらいのみろくの世にかならす/b274 e140
  
   むまるへし釈迦仏かへすかへすとき給ことなれは仏の   むまるへし釈迦仏かへすかへすとき給ことなれは仏の
行 140: 行 141:
   らひてつくらせ給へる僧都のおほせられしままに二   らひてつくらせ給へる僧都のおほせられしままに二
   かいにつくりてかみのこしから御かほはみえ給へは   かいにつくりてかみのこしから御かほはみえ給へは
-  よろつの人をかみたてまつるやうやうつくるにさい木/B275 E140+  よろつの人をかみたてまつるやうやうつくるにさい木/b275 e140
  
   なともはかはかしくもいてこす仏の御はくもを   なともはかはかしくもいてこす仏の御はくもを
text/kohon/kohon070.1403891645.txt.gz · 最終更新: 2014/06/28 02:54 by Satoshi Nakagawa