text:kohon:kohon059
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text:kohon:kohon059 [2014/06/07 19:43] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:kohon:kohon059 [2014/09/21 13:28] (現在) – [第59話 清水寺、御帳給はる女の事] Satoshi Nakagawa | ||
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+ | 古本説話集 | ||
====== 第59話 清水寺、御帳給はる女の事 ====== | ====== 第59話 清水寺、御帳給はる女の事 ====== | ||
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===== 校訂本文 ===== | ===== 校訂本文 ===== | ||
- | | + | 今は昔、頼りなかりける女の、清水にあながちに参るありけり。参りたる年月つもりたりけれど、つゆばかりその験とおぼゆることなくなり。 |
いとど頼りなくなりまさりて、果ては年ごろありける所をも、そのこととなくあくがれて、寄り付く所もなかりけるままには、泣く泣く観音を恨み奉りて、「いみじき先の世の報ひなりと言ふとも、ただ少しの頼り給はり候はん」といりもみ申して、御前にうつぶしたりける夜の夢に、「御前より」とて、「かくあながちに申すは、いとほしくおぼしめせど、少しにてもあるべき頼りの無ければ、その事をおぼしめし嘆くなり。これを給はれ」とて、御帳の帷(かたびら)を、いとよくうち畳みて、前にうち置かると見て、夢覚めて、みあかしの光に見れば、夢に給はると見つる御帳の帷、ただ見つる様に畳まれてあるを見るに、「さは、これより他に賜ぶべき物無きにこそあんなれ」と思ふに、身のほど思ひ知られて、悲しくて申すやう、「これ、さらに給はらじ。少しの頼りも候らはば、錦をも御帳の帷には縫ひて参らせんとこそ思ひ候ふに、この御帳ばかりを給はりて、まかり出づべきやう候はず。返し参らせ候ひなん」と、くどき申して、犬防ぎの内にさし入れて置きつ。 | いとど頼りなくなりまさりて、果ては年ごろありける所をも、そのこととなくあくがれて、寄り付く所もなかりけるままには、泣く泣く観音を恨み奉りて、「いみじき先の世の報ひなりと言ふとも、ただ少しの頼り給はり候はん」といりもみ申して、御前にうつぶしたりける夜の夢に、「御前より」とて、「かくあながちに申すは、いとほしくおぼしめせど、少しにてもあるべき頼りの無ければ、その事をおぼしめし嘆くなり。これを給はれ」とて、御帳の帷(かたびら)を、いとよくうち畳みて、前にうち置かると見て、夢覚めて、みあかしの光に見れば、夢に給はると見つる御帳の帷、ただ見つる様に畳まれてあるを見るに、「さは、これより他に賜ぶべき物無きにこそあんなれ」と思ふに、身のほど思ひ知られて、悲しくて申すやう、「これ、さらに給はらじ。少しの頼りも候らはば、錦をも御帳の帷には縫ひて参らせんとこそ思ひ候ふに、この御帳ばかりを給はりて、まかり出づべきやう候はず。返し参らせ候ひなん」と、くどき申して、犬防ぎの内にさし入れて置きつ。 | ||
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「これをばいかにすべき」なんど思ひて、引き広げて見て、「着るべき衣(きぬ)も無し。さは、これを衣にして着む」と思ふ心付きぬ。それを衣や袴にして着てける後、見と見る、男にまれ、女にまれ、あはれにいとほしき物に思はれて、すずろなる人の手より、物を多く得てけり。大事なる人の愁へをも、その衣を着て、知らぬやむごとなき所にも参りて申させければ、かならず成りけり。 | 「これをばいかにすべき」なんど思ひて、引き広げて見て、「着るべき衣(きぬ)も無し。さは、これを衣にして着む」と思ふ心付きぬ。それを衣や袴にして着てける後、見と見る、男にまれ、女にまれ、あはれにいとほしき物に思はれて、すずろなる人の手より、物を多く得てけり。大事なる人の愁へをも、その衣を着て、知らぬやむごとなき所にも参りて申させければ、かならず成りけり。 | ||
- | かやうにしつつ、人の手より物を得、良き男にも思はれて、楽しくてぞありける。されば、その衣をば収めて、「かならすせむ」と思ふ事の折にぞ、取り出でて着てける。かならずかなひけり。 | + | かやうにしつつ、人の手より物を得、良き男にも思はれて、楽しくてぞありける。されば、その衣をば収めて、「かならずせむ」と思ふ事の折にぞ、取り出でて着てける。かならずかなひけり。 |
===== 翻刻 ===== | ===== 翻刻 ===== |
text/kohon/kohon059.1402137788.txt.gz · 最終更新: 2014/06/07 19:43 by Satoshi Nakagawa