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text:kohon:kohon020 [2014/09/15 21:45]
Satoshi Nakagawa [第20話 伯の母の事]
text:kohon:kohon020 [2016/01/21 12:08] (現在)
Satoshi Nakagawa [校訂本文]
ライン 8: ライン 8:
 ===== 校訂本文 ===== ===== 校訂本文 =====
  
-今は昔、多気(たけ)の大夫といふ者の、常陸より上りて愁へするころ、向かひに越前の守といふ人のもとに逆修(ぎやくす)しけり。この越前の守は伯の母とて、世にめでたき人、歌詠みの親なり。妻は伊勢大輔。姫君たちあまたあるべし。+今は昔、多気(たけ)の大夫((平維幹))といふ者の、常陸より上りて愁へするころ、向かひに越前の守((高階成順))といふ人のもとに逆修(ぎやくす)しけり。この越前の守は伯の母((神祇伯康資王の母))とて、世にめでたき人、歌詠みの親なり。妻は伊勢大輔((大中臣輔親女))。姫君たちあまたあるべし。
  
-多気の大夫、つれれにおぼゆれば、聴聞に参りたりけるに、御簾を風の吹き上げたるに、なべてならず美しき人の、紅の単襲(ひとへがさね)着たるを見るより、「この人を妻(め)にせばや」と、いりもみ思ひければ、その家の上童を語らひて問ひ聞けば、「大姫御前の紅は奉るりたる」と語りければ、それに語らひつきて、「我に盗ませよ」と言ふに、思ひがけず、「えせじ」と言ひければ、「さは、その乳母を知らせよ」と言ひければ、「それはさも申してむ」とて知らせてけり。+多気の大夫、つれれにゆれば、聴聞に参りたりけるに、御簾を風の吹き上げたるに、なべてならず美しき人の、紅の単襲(ひとへがさね)着たるを見るより、「この人を妻(め)にせばや」と、いりもみ思ひければ、その家の上童を語らひて問ひ聞けば、「大姫御前の紅は奉るりたる」と語りければ、それに語らひつきて、「我に盗ませよ」と言ふに、思ひがけず、「えせじ」と言ひければ、「さは、その乳母を知らせよ」と言ひければ、「それはさも申してむ」とて知らせてけり。
  
-さて、いみじく語らひて金百両取らせなどして、「この姫君を盗ませよ」と、責め言ひければ、さるべき契にやけむ、盗ませてけり。+さて、いみじく語らひて金百両取らせなどして、「この姫君を盗ませよ」と、責め言ひければ、さるべき契にやありけむ、盗ませてけり。
  
 やがて、乳母うち具して、常陸へ急ぎ下りにけり。後に泣き悲しめどかひもなし。程経て乳母訪れたり。あさましく、心憂しと思へども、いふかひなき事なれば、時々うちおとづれて過ぎけり。伯の母、常陸へかく言ひやり給ふ。 やがて、乳母うち具して、常陸へ急ぎ下りにけり。後に泣き悲しめどかひもなし。程経て乳母訪れたり。あさましく、心憂しと思へども、いふかひなき事なれば、時々うちおとづれて過ぎけり。伯の母、常陸へかく言ひやり給ふ。
ライン 22: ライン 22:
   吹き返す東風の返しは身に染みき宮この花のしるべと思ふに   吹き返す東風の返しは身に染みき宮この花のしるべと思ふに
  
-年月隔たりて、伯の母、常陸の守の妻にて下りけるに、あねは失せにけり。女(むすめ)二人ありけるが、かくと聞きて参りたりけり。ゐ中人とも見えず、いみじくしめやかに、はづかしげによかりけり。常陸の守の上を、「昔の人に似させ給たりける」とて、いみじく泣きあひたりけり。+年月隔たりて、伯の母、常陸の守の妻にて下りけるに、は失せにけり。女(むすめ)二人ありけるが、かくと聞きて参りたりけり。田舎人とも見えず、いみじくしめやかに、はづかしげによかりけり。常陸の守の上を、「昔の人に似させ給たりける」とて、いみじく泣きあひたりけり。
  
 四年か間、名聞にも思ひたらず。用事(えうじ)なども言はざりけり。 四年か間、名聞にも思ひたらず。用事(えうじ)なども言はざりけり。
  
-任果て上らるる折に、常陸の守、「むげなりける者どもかな。かくなむ上ると、言ひにやれ」と男に言はれて、伯の母、上るよし言ひやりたりければ、「うけはりぬ。参り候はむ」とて、明後日上らむとての日、参りたりけり。+任果て上らるる折に、常陸の守、「むげなりける者どもかな。かくなむ上ると、言ひにやれ」と男に言はれて、伯の母、上るよし言ひやりたりければ、「うけたまはりぬ。参り候はむ」とて、明後日上らむとての日、参りたりけり。
  
-えもいはぬ馬の一を宝にするほどの馬十疋づつ、二人して、また、皮籠(かはご)負ほせたる馬も百疋づつ、二人して奉りたり。何とも思ひたらず、かばかりの事したりとも思はず、うち奉りて帰りにけり。常陸の守のありける、常陸四年が間の物は何ならず、その皮籠の物どもしてこそ、よろづの功徳も何もし給ひけれ。「ゆゆしかりける者どもの、心の大きさ、広さかな」と語られけるとぞ。+えもいはぬ馬の一を宝にするほどの馬十疋づつ、二人して、また、皮籠(かはご)負ほせたる馬も百疋づつ、二人して奉りたり。何とも思ひたらず、かばかりの事したりとも思はず、うち奉りて帰りにけり。常陸の守のありける、常陸四年が間の物は何ならず、その皮籠の物どもしてこそ、よろづの功徳も何ごともし給ひけれ。「ゆゆしかりける者どもの、心の大きさ、広さかな」と語られけるとぞ。
  
-この伊勢大輔、子孫はめえたき幸い人多く出で来給たるに、大姫君の、かくゐ中人になられたりける、あはれに心憂くこそ。+この伊勢大輔、子孫はめえたき幸い人多く出で来給たるに、大姫君の、かく田舎人になられたりける、あはれに心憂くこそ。
  
 ===== 翻刻 ===== ===== 翻刻 =====


text/kohon/kohon020.txt · 最終更新: 2016/01/21 12:08 by Satoshi Nakagawa