text:kohon:kohon019
差分
このページの2つのバージョン間の差分を表示します。
両方とも前のリビジョン前のリビジョン次のリビジョン | 前のリビジョン次のリビジョン両方とも次のリビジョン | ||
text:kohon:kohon019 [2014/05/11 23:27] – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | text:kohon:kohon019 [2016/01/21 11:49] – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
---|---|---|---|
行 1: | 行 1: | ||
+ | 古本説話集 | ||
====== 第19話 平中の事 ====== | ====== 第19話 平中の事 ====== | ||
行 7: | 行 8: | ||
===== 校訂本文 ===== | ===== 校訂本文 ===== | ||
- | 今は昔、平中といふ色好みの、いみじく思ふ女の、若く美しかりけるを、妻(め)のもとに率(い)て来て置きたり。妻にくげなる事どもを言ひつづくるに、追ひ出だしけり。この妻に従ひて、「いみじうらうたし」とは思ひながら、え留めず。いちはやく言ひければ、近くだにもえ寄らで、四尺の屏風に押しかかりて立てり。 | + | 今は昔、平中((平貞文))といふ色好みの、いみじく思ふ女の、若く美しかりけるを、妻(め)のもとに率(い)て来て置きたり。妻にくげなることどもを言ひつづくるに、追ひ出だしけり。この妻に従ひて、「いみじうらうたし」とは思ひながら、え留めず。いちはやく言ひければ、近くだにもえ寄らで、四尺の屏風に押しかかりて立てり。 |
- | 「世の中の思ひのほかにてある事。いかにしてものし給ふとも、忘れて消息もし給へ。をのれもさなむ思ふに」など、言ひけり。この女は包みなどに物入れしたためて車とりにやりて、待つほどなり。「いとあはれ」と思けり。 | + | 「世の中の思ひのほかにてあること。いかにしてものし給ふとも、忘れて消息もし給へ。をのれもさなむ思ふに」など、言ひけり。この女は包みなどに物入れしたためて車とりにやりて、待つほどなり。「いとあはれ」と思けり。 |
さて、出でにけり。とばかりありて、おこせたる、 | さて、出でにけり。とばかりありて、おこせたる、 | ||
- | 忘らるな忘れやしぬる春霞今朝立ちながら契りつる事 | + | 忘らるな忘れやしぬる春霞今朝立ちながら契りつること |
- | この平中、さしも心に入らぬ女のもとにても、泣かれぬねを、そら泣きをし涙に濡らさむ料に硯瓶に水をいれて、緒をつけて、肘に懸けし歩きつ、顔・袖を濡らしけり。 | + | この平中、さしも心に入らぬ女のもとにても、泣かれぬねを、そら泣きをし涙に濡らさむ料に硯瓶に水をいれて、緒をつけて、肘に懸けて、し歩きつ顔・袖を濡らしけり。 |
出居の方を、妻覗きて見れば、間木に物をさし置きけるを、出でて後取り下して見れば、硯瓶なり。また、畳紙に丁子入りたり。瓶の水をいうてて、墨を濃く磨りて入れつ。鼠の物を取り集めて丁子に入れ替えつ。さて、もとの様に置きつ。 | 出居の方を、妻覗きて見れば、間木に物をさし置きけるを、出でて後取り下して見れば、硯瓶なり。また、畳紙に丁子入りたり。瓶の水をいうてて、墨を濃く磨りて入れつ。鼠の物を取り集めて丁子に入れ替えつ。さて、もとの様に置きつ。 | ||
行 22: | 行 23: | ||
夜明けて見れば、袖に墨ゆゆしげに付きたり。鏡を見れば、顔も真黒に目のみきら((底本「 | 夜明けて見れば、袖に墨ゆゆしげに付きたり。鏡を見れば、顔も真黒に目のみきら((底本「 | ||
- | ろ」の横に「ら」を傍書))めきて、我ながらいと恐しげなり。硯瓶を見れば、墨を磨りて入れたり。畳紙に鼠の物入りたり。いといとあさましく、心憂くて、その後そら泣きの涙、丁子くぐむ事、とどめてけるとぞ。 | + | ろ」の横に「ら」を傍書))めきて、我ながらいと恐しげなり。硯瓶を見れば、墨を磨りて入れたり。畳紙に鼠の物入りたり。いといとあさましく、心憂くて、その後そら泣きの涙、丁子くぐむこと、とどめてけるとぞ。 |
===== 翻刻 ===== | ===== 翻刻 ===== |
text/kohon/kohon019.txt · 最終更新: 2022/08/10 23:20 by Satoshi Nakagawa