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text:kohon:kohon001 [2019/03/04 23:04] – [校訂本文] Satoshi Nakagawatext:kohon:kohon001 [2021/10/07 01:54] (現在) Satoshi Nakagawa
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 船岡ののおろしの風、冷やかに吹きたれば、御前の御簾の少しうち揺ぐにつけて、薫物(たきもの)の香のえもいはず香ばしく、冷ややかに匂ひ出でたる香を、かくに御格子は下されたらんに、薫物の匂ひのはなやかなれば、「いかなるにかあらむ」と思ひて見やれば、風に吹かれて御几帳少し見ゆ。御格子もいまだ下ろさぬなりけり。「月御覧ずとて、おはしましけるままにや」とおもふほどに、奥深き箏の琴の、平調に調(しら)められたる音(こゑ)の、ほのかに聞こゆるに、「さは、かかる事も世にはあるなりけり」と、あさましく思ゆ。 船岡ののおろしの風、冷やかに吹きたれば、御前の御簾の少しうち揺ぐにつけて、薫物(たきもの)の香のえもいはず香ばしく、冷ややかに匂ひ出でたる香を、かくに御格子は下されたらんに、薫物の匂ひのはなやかなれば、「いかなるにかあらむ」と思ひて見やれば、風に吹かれて御几帳少し見ゆ。御格子もいまだ下ろさぬなりけり。「月御覧ずとて、おはしましけるままにや」とおもふほどに、奥深き箏の琴の、平調に調(しら)められたる音(こゑ)の、ほのかに聞こゆるに、「さは、かかる事も世にはあるなりけり」と、あさましく思ゆ。
  
-よきほどに調められて、音もせずなりぬれば、「今は内裏(うち)へ帰り参りなん」と思ふほどに、人々の言ふやう「かくおかしくめでたき御有様を、『人聞きけり』とおぼしめされん料に知らればや」など言へば、「げに、さもある」とて、寝殿の丑寅の隅の妻戸には、人の参りて女房にもの言ふ所、住吉の姫君の物語のさうし、そこには立てられたる。そなたに、人二人ばかり歩み寄りて気色ばめば、かねてより女房二人ばかり、物語して出でたりけり。殿上人、女房、起きたらむとも知らぬに、かく居たれば、思ひかけず覚ゆ。女房は夜より物語して、月の明かかりければ、「居あかさむ」と思ひてゐたるに、かく思ひかけぬ人の参りたれば、いみじくあはれに思ひたるに、気色ばかり奥の方に、碁石笥に碁石を入るる音す。御前にも昔思し召し出でて、あはれに思しけむかし。+よきほどに調められて、音もせずなりぬれば、「今は内裏(うち)へ帰り参りなん」と思ふほどに、人々の言ふやう「かくおかしくめでたき御有様を、『人聞きけり』とおぼしめされん料に知らればや」など言へば、「げに、さもあることなり」とて、寝殿の丑寅の隅の妻戸には、人の参りて女房にあひてもの言ふ所なり、住吉の姫君の物語のさうし、そこには立てられたる。そなたに、人二人ばかり歩み寄りて気色ばめば、かねてより女房二人ばかり、物語して出でたりけり。殿上人、女房、起きたらむとも知らぬに、かく居たれば、思ひかけず覚ゆ。女房は夜より物語して、月の明かかりければ、「居あかさむ」と思ひてゐたるに、かく思ひかけぬ人の参りたれば、いみじくあはれに思ひたるに、気色ばかり奥の方に、碁石笥に碁石を入るる音す。御前にも昔思し召し出でて、あはれに思しけむかし。
  
-昔の殿上人は常に参りつつ、をかしき遊びなど琴・琵琶も常に弾きけるを、今はさやうの事する人も無ければ、参る人もなし。たまたま参れど、さやうの事する人もなきを、口惜しく思し召されけるに、今宵の月の明かければ、昔思し出でられて、ものあはれによろにながめさせ給ひて、御物語などして、御殿籠らざりけるに、夜いたう更けにたれば、物語しつる人々も、御前にやがてうたたねに寝にけり。わが御めは覚めさせ給ひたりければ、御琴を手すさみに調めさせ給ひたりけるほどに、かく人々参りたれば、昔思えてなむあはれに思し召しける。+昔の殿上人は常に参りつつ、をかしき遊びなど琴・琵琶も常に弾きけるを、今はさやうの事する人も無ければ、参る人もなし。たまたま参れど、さやうの事する人もなきを、口惜しく思し召されけるに、今宵の月の明かければ、昔思し出でられて、ものあはれによろにながめさせ給ひて、御物語などして、御殿籠らざりけるに、夜いたう更けにたれば、物語しつる人々も、御前にやがてうたたねに寝にけり。わが御めは覚めさせ給ひたりければ、御琴を手すさみに調めさせ給ひたりけるほどに、かく人々参りたれば、昔思えてなむあはれに思し召しける。
  
 「この人々は、かやうのわざ少しす」と聞こしめしたるにやあらん、御琴・琵琶など出ださせ給へれば、わざとにはなくて、調(しら)めあはせつつ、もの一二(ひとつふたつ)ばかりづつ弾きて、夜明け方になりぬれば、内裏(うち)へ帰り参りぬ。殿上にて、あはれにやさしく面白かりつるよしを語れば、参らぬ人はいみじく口惜しかりけり。 「この人々は、かやうのわざ少しす」と聞こしめしたるにやあらん、御琴・琵琶など出ださせ給へれば、わざとにはなくて、調(しら)めあはせつつ、もの一二(ひとつふたつ)ばかりづつ弾きて、夜明け方になりぬれば、内裏(うち)へ帰り参りぬ。殿上にて、あはれにやさしく面白かりつるよしを語れば、参らぬ人はいみじく口惜しかりけり。
行 138: 行 138:
   に人々のいふ様かくおかしくめてたき御有さま   に人々のいふ様かくおかしくめてたき御有さま
   をひとききけりとおほしめされんれうにしら   をひとききけりとおほしめされんれうにしら
-  れはやなといへはけにさもある也とてしむ殿の+  れはやなといへはけにさもある也とてしむ殿の
   うしとらのすみのつまとには人のまいりて女房に   うしとらのすみのつまとには人のまいりて女房に
-  ものいふ所也すみよしのひめ君のものかた+  あひてものいふ所也すみよしのひめ君のものかた
   りのさうしそこにはたてられたるそなたに   りのさうしそこにはたてられたるそなたに
   人ふたりはかりあゆみよりてけしきはめば   人ふたりはかりあゆみよりてけしきはめば
行 159: 行 159:
   するひともなきをくちをしくおほしめされけ   するひともなきをくちをしくおほしめされけ
   るにこよひの月のあかけれはむかしおほし   るにこよひの月のあかけれはむかしおほし
-  いてられてものあはれによろになかめさせ給て+  いてられてものあはれによろになかめさせ給て
   御ものかたりなとして御とのこもらさりけるに   御ものかたりなとして御とのこもらさりけるに
   夜いたうふけにたれはものかたりしつる人々も   夜いたうふけにたれはものかたりしつる人々も
text/kohon/kohon001.1551708261.txt.gz · 最終更新: 2019/03/04 23:04 by Satoshi Nakagawa