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閑居友
下第6話 唐土の后の兄、侘び人になりて、かたへを育む事
もろこしの后のあにわひ人になりてかたへをはくくむ事
唐土の后の兄、侘び人になりて、かたへを育む事
校訂本文
唐土(もろこし)に侍りし時、人の語り侍りしは、昔、この国の王の后の兄にてある人ありけり。にはかに走り出でて、ここかしこ、跡も定めずぞありける。貧しくあやしき姿にてあれば、人も何のあやめもなし。遠きほどにては、折にふれつつ、わびしく煩はしきことのみありけり。
妹(おとうと)の后、からうじて呼び寄せて、様々にくどきて、「今よりは、のどまりておはすべし。さるべきことも、はからひ宛て申さむ」と聞こえさせければ、「さにこそは侍らめ」とて居たるほどに、また人目を謀りて、逃げ出でにけり。
かくすること、度々(たびたび)になりにければ、后も、「この事叶はじ」とて、国々に宣旨申し下して、あやしの侘び人のさすらひ行かむに、必ず宿を貸し、食ひ物を用意して、懇ろにあたるべし」とぞ侍りける。さて、その人一人のゆゑに、多くの侘び人、みなその陰に隠れて、煩ひなくて悦び合ひたりけりとなん。
さて、その形代(かたしろ)を絵に描きて、あはれみ、尊みて、人、みな持ちたり。「あはれ、このほど売りて来よかし。買ひて取らせん」と言ひき。侘び人の姿にて、頭には木の葉をかぶりにして、竹の杖突きて、藁沓履きたる姿とぞ。
これは、その時、世の中に侘び人どもの多くて、物も乞ひ得で侘び歩(あり)きけるを見て、彼らを助けんために、かくしつつ歩(ある)きけるなりけり。げにありがたきあはれみの心なるべし。人のならひは、我よくなりて、侘び人をあはれまむとこそ、あらましにもすめるを、これはまことに深き悲しみのあまりと思えて、いとど尊く侍り。今、いづくの国にか生まれておはすらん。むつまじくこそ侍れ。
翻刻
もろこしに侍し時人のかたり侍しは昔この国 の王の后のあににてある人ありけりにはかにはし りいててここかしこあともさためすそありけ るまつしくあやしきすかたにてあれは人もな にのあやめもなしとおきほとにてはおりにふれ つつわひしくわつらはしき事のみありけりおと うとの后からうしてよひよせてさまさまにくと きていまよりはのとまりておはすへしさるへ/下20ウb190
きこともはからひあて申さむときこゑさせけれ はさにこそは侍らめとてゐたるほとにまた人めお はかりてにけいてにけりかくする事たひたひにな りにけれは后もこの事かなはしとて国々に宣 旨申くたしてあやしのわひ人のさすらひゆか むにかならすやとおかしくひものを用意して ねんころにあたるへしとそ侍けるさてその人 ひとりのゆへにおほくのわひ人みなそのかけにか/下21オb191
くれてわつらひなくて悦あひたりけりとなんさて そのかたしろをゑにかきてあはれみたうとみ て人みなもちたりあはれこのほとうりてこよか しかひてとらせんといひきわひ人のすかたに て頭には木のはをかふりにして竹のつゑつき てわらくつはきたるすかたとそこれはその時 世中にわひ人とものおほくてものもこひえてわ ひありきけるをみてかれらをたすけんために/下21ウb192
かくしつつあるきけるなりけりけにありかたき あはれみのこころなるへし人のならひは我よく なりてわひ人おあはれまむとこそあらましにも すめるをこれはま事にふかきかなしみのあま りとおほえていととたうとく侍りいまいつくのくににか むまれてをはすらんむつましくこそ侍れ/下22オb193
text/kankyo/s_kankyo027.txt · 最終更新: 2015/07/27 22:01 by Satoshi Nakagawa