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閑居友
下第4話 貧しき女の身まかれる髪にて、誦経物する事
まつしき女の身まかれるかみにて誦経物すること
貧しき女の身まかれる髪にて、誦経物する事
校訂本文
近ごろ、東の京に、幼くよりとり娘をしたる者ありけり。平家の流なりければ、源平の乱れの後は、ただ命の生けるばかりをいみじきことにて、世を渡ることなど、いひ知らずぞ侍りける。
かかりけるほどに、前後相違1)の恨み、昔よりありけることなれば、このとり娘、先立ちて身まかりにけり。その後、さし続きて、このとり親また失せぬ。
五七日に当れるつとめて、このとり娘の男なりけるもの出で来て、「今日、昔の人侍らましかば、いかばかり営み、たしなみ侍らまし。かまへて2)誦経物一つ、つかうまつらむとし侍るが、いかにもえ叶ひ侍らで、思ひあまり、『これにても侍らん』とて、これをなん持ちてまうで来たる」とて、紙にひき包みたる物を取り出でて、さめざめと声も惜しまず泣きけり。
このとり親の娘なる者、「何ならん」と、さすがにゆかしくて、ひき開けて見れば、昔の人の「今は」とて剃り下したりける髪なりけり。これを見るに、いといたう悲しうて、忍びあへず泣き居りけり。昔のあり香もさすが面影ありて思えて、二人の人、泣くより他のことなし。
さて、「これは見んにつけてよしなし。ひき隠し給ひね」とて、うつぶしにけるとかや。
翻刻
ちかころ東(ノ)京におさなくよりとりむすめおし たるものありけり平家の流なりけれは源平の みたれの後はたたいのちのいけるはかりをいみしき/下11オb171
事にて世をわたる事なといひしらすそ侍ける かかりけるほとに前後相違(さうい)のうらみむかしより有 ける事なれはこのとりむすめさきたちて身まか りにけり其後さしつつきてこのとりおやまたう せぬ五七日にあたれるつとめてこのとりむすめ のおとこなりけるものいてきてけふむかしの 人侍らましかはいかはかりいとなみたしなみ 侍らまし(かまゑて)誦経物一つかうまつらむとし侍かいかにも/下11ウb172
ゑかなひ侍らて思ひあまりこれにても侍らんとて これおなんもちてまうてきたるとてかみにひき つつみたるものおとりいててさめさめとこゑもおし ますなきけりこのとりおやのむすめなるもの なにならんとさすかにゆかしくてひきあけて みれは昔の人のいまはとてそりおろしたり けるかみなりけりこれをみるにいといたうかなし うてしのひあえすなきおりけりむかしのあり/下12オb173
かもさすかおもかけありておほえてふたりの人 なくよりほかの事なしさてこれはみんにつけて よしなしひきかくしたまひねとてうつふしに けるとかや/下12ウb174
text/kankyo/s_kankyo025.txt · 最終更新: 2018/07/02 22:25 by Satoshi Nakagawa