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閑居友

上第15話 駿河の国、宇津の山に家居せる僧の事

するかの国うつの山にいゑゐせる僧事

駿河の国、宇津の山に家居せる僧の事

校訂本文

むげに近きことにや。駿河の国、宇津(うつ)の山に、そこともなくさすらひ歩(あり)く僧ありけり。常はあやしき1)筵(むしろ)・薦(こも)片々(かたかた)と、土にて作りたる鍋や、いと汚なげなる桶・瓢(ひさご)など片々と、しどけなげに担ひてぞありける。

さて、行き止まる所にて、筵・薦めぐりに引き回して、さるべきやうに家居しつらひて、物して食ひなどしける。常にはその里の者どもに使はれて、びんびんなることをば、いみじく心得てしければ、便宜房とぞ名付けたりける。ただの2)乞食などはさすがに思えず。思へる所あるよしになん見えける。

ある人、尋ね行きて、「さても、僧の真似形(まねかた)にてかくは侍れど、まめやかに、いかにして世を出づべしとも思え侍らず。まことと思し定めたらむ道、一つ教へ給へ」と言ひければ、例の担ひたる物、うち担ひて、「太刀売らむ。鞍売らむ。腹巻売らん。鎧売らん」と言ひてぞ立ちける。さて、この人、「さ受け給ひぬ。『品々の物を売りても、せんは身を養ふを本意(ほい)とすることなれば、いづれの行ひにても、よくだにせば、後世を取りてんずるぞ本意なるへき』とのたまはするにこそ侍るなれ。しかあれど、行ひ易くて、しかも早く世を出づることの聞かまほしく侍るぞ」と言ひけれど、やがて物担ひて、奥ざまへ入りにけり。

この人、何事をこそ、とりわきその行ひと見ゆることなくぞ侍りける。ある時は、人の家にもあり、ある時は、木の下にも居けり。その終りには、「このほど悩ましく思え侍れば」とて、人のもとを出でて、常の山の木陰に行きて、二日ばかりありて、西に向ひてぞ死にたりける。

この人の住み所こそ、あはれに聞こえ侍れ。蔦(つた)の下道(したみち)、心細く暗かりて、折にふれつつ、いかに住みわたり侍りけん。昔見し人も定めて会ひけんものを。思ひおくふしなくは、消息(せうそこ)することもあらじと、あはれなり。

翻刻

むけにちかき事にやするかの国うつの山にそこ
ともなくさすらひありく僧ありけりつねはあ/上45オb97
やしき(の)むしろこもかたかたとつちにてつくりたる
なへやいときたなけなるおけひさこなとかたかた
としとけなけにになひてそありけるさてゆ
きとまる所にてむしろこもめくりにひきまは
してさるへきやうにいゑゐしつらひてものして
くひなとしけるつねにはそのさとのものともにつ
かはれてひんひんなる事をはいみしく心えてしけれ
はひんき房とそ名つけたりけるたた(の)乞食なと/上45ウb98
はさすかにおほえすおもへる所あるよしになんみへ
けるある人たつねゆきてさても僧のまねかたに
てかくは侍とまめやかにいかにして世をいつへしとも
おほえ侍らすまこととおほしさためたらむ道ひとつ
をしへ給へといひけれはれいのになひたるものう
ちになひてたちうらむくらうらむはらまきう
らんよろひうらんといひてそたちけるさてこの
人さうけ給ぬしなしなのものおうりてもせんは/上46オb99
身をやしなふをほいとする事なれはいつれの
おこなひにてもよくたにせは後世をとりてん
するそほいなるへきとのたまはするにこそ侍な
れしかあれとをこなひやすくてしかもはやく
世をいつる事のきかまほしく侍そといひけれと
やかてものになひておくさまゑいりにけりこの人
何事をこそとりわきそのおこなひとみゆる事
なくそ侍けるあるときは人のいゑにもあり或時は/上46ウb100
木のしたにもゐけりそのおはりにはこのほとな
やましくおほえ侍れはとて人のもとをいててつねの
山のこかけにゆきて二日はかりありて西にむかひ
てそしにたりけるこの人のすみ所こそあは
れにきこゑ侍れつたのした道心ほそくくらか
りてをりにふれつついかにすみわたり侍けん昔
みし人もさためてあひけんものをおもひを
くふしなくはせうそこする事もあらしとあはれ也/上47オb101
1)
底本「き」に「の」と傍書。
2)
底本「の」は傍書。
text/kankyo/s_kankyo015.txt · 最終更新: 2015/06/21 22:19 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
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