Recent changes RSS feed

十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事

7の31 白河院鳥羽におはしましける時北面の者どもに・・・

校訂本文

白河院1)、鳥羽におはしましける時、北面の者どもに、「受領国へ下るまねせさせて、御覧あるべし」とて、国司には玄蕃頭ひさのり2)といふ者をなして、衣冠に衣(きぬ)出だして、そのほか五位どもには、前駆せさせけり。

おのおの錦・唐綾を着て、「劣らじ」としけるほどに、左衛門尉行遠3)、心ことに出で立ちて、「人々、かねて見えなば目馴れぬべし」とて、御所近かりける人の家に入りて、従者を呼びて、「やをら、御所の辺にて、見て来(こ)」と言ひて、参らせてけり。

無期に見えざりければ、「いかに、かくは遅きにや」と、「辰の時とこそ催しはありしか。さらむぢやう、午未には渡らむずらむものを」と思ひて、待ち居たるに、門の方に声して、「あはれ、ゆゆしかりつるものかな」といへども、「ただ参るものなどぞ」と思ふほどに、「玄蕃頭の国司の姿、をかしかりつるものかな」、「藤左衛門殿は錦を着たり」、「源兵衛尉は継物を金の文つけて」など語る。

あやしく思えて、「やをれ」と言へば、この、「見て来」と言ひつる男、うち笑みて、「おほかた、かばかりの見物候はず。賀茂の祭もことうるはしく、なにとも思え候はず。院の御桟敷の前、渡しあひ給ひつるさま、目も心も及び候はず」と言ふ。「さて、いかに」と言へば、「はやう、果て候ひぬ」と言ふ。「それをば、いかに来て告げぬぞ」と言へば、「こは、いかなることにか候ふらん。『参りて見て来』と候へば、目もたたかず、よくよく見て候ふぞかし」と言ふ。おほかた、とかくいふにもたらず。

「行遠が進奉不参、かへすがへす奇怪なり。たしかに召し籠めよ」と仰せ下されて、二十日あまり候ひけるほどに、この次第を聞こしめして、笑はせ給ひてぞ、召し籠め許(ゆ)りて候ひける。主従ともに愚かなりけるものかな。

すべて、しかるべきところのみに限らず、ただうちある人のもとに仕へしたがはむたぐひまでも、ものごとに執し、よろづにつけて、情けあるやうに振舞ふべし。晴(はれ)にては、「誤ちをせじ」とつつしみ、座席の立居に失錯なかるべし。身には火の走りかかり、人の物をこぼしかけたりとも、人前にては、騒げる気色のなく、静かなるべし。ゑを高く笑はず、ものを荒く言はず、「あはれ、穏便なる者かな」と見ゆべきなり。

清少納言の『枕草子』といふものにいへるは、「人のもとなるものの、主のさるべき女房なとあひて、物語するに、『夜の更けたる。雨のふりげな』など、聞き知れごとをつぶやく、その主、心劣りす」とあるこそ、げにことはりなれ。

女房に限らず、主の対面の座席にて、従者のこざかしく、さしすぎたるは、いと見苦きことなり。さればとて、とみのことなとの出で来たらんに、告知せざらん、またいふかひなし。

ことによりて、よく機嫌をはからふべきなり。

翻刻

卅五白河院鳥羽ニオハシマシケル時、北面ノモノトモニ受
    領国ヘ下ルマネセサセテ御覧有ベシトテ、国司ニハ玄
    蕃頭ヒサノリト云者ヲナシテ、衣冠ニキヌイタシ
    テ、其外五位共ニハ、前駈セサセケリ、各錦唐綾
    ヲ着テ、オトラシトシケル程ニ、左衛門尉行遠心コトニ
    出立テ人々兼テ見エナハ目ナレヌヘシトテ、御所近
    カリケル人ノ家ニ入テ、従者ヲヨヒテ、ヤヲラ御所ノ
    辺ニテ見テコト云テ、マイラセテケリ、無期ニ見エ
    サリケレハ、イカニカクハヲソキニヤト、辰ノ時トコソ催
    ハ有シカ、サラム定午未ニハ渡ラムスラム物ヲト思/k174
    テ、待居タルニ、門ノ方ニ声シテアハレユユシカリツル
    物カナトイヘトモ只参ルモノナトソト思程ニ玄蕃
    頭ノ国司ノスカタオカシカリツルモノカナ、藤左衛門殿ハ錦
    ヲ着タリ、源兵衛尉ハ継物ヲ金ノ文付テナト語ル、ア
    ヤシク覚テヤヲレトイヘハ、此見テコト云ツル男、ウチ
    エミテ、大方カハカリノ見物候ハス、賀茂ノ祭モ事ウ
    ルハシクナニトモ覚候ハス、院ノ御桟敷ノ前ワタシアヒ給
    ツルサマ、目モ心モ及候ハスト云、サテイカニトイヘハ、ハヤウ
    ハテ候ヌト云フ、其ヲハイカニキテツケヌソトイヘハ、コハイ
    カナル事ニカ候ラン、参テ見テコト候ヘハ、目モタタカス
    能々見テ候ソカシト云大方トカク云ニモタラス行遠/k175
    カ進奉不参返々奇怪也慥ニ召籠ヨト仰下サレテ、
    廿日アマリ候ケル程ニ、此次第ヲ聞食テ、ワラハセ給テ
    ソ召籠ユリテ候ケル、主従共ニオロカナリケルモノカ
    ナ、スヘテ可然所ノミニ限ラス、タタウチアル人ノ許ニツ
    カヘシタカハム類マテモ、物コトニ執シ、ヨロツニ付テ情ケ
    アルヤウニ振舞ヘシ、晴ニテハ、アヤマチヲセシトツツシ
    ミ、座席ノ立居ニ失錯ナカルヘシ、身ニハ火ノハシリ
    カカリ、人ノ物ヲコホシカケタリトモ、人前ニテハ、サハケル
    気色ノナク、シツカナルヘシ、ヱヲタカクワラハス、物ヲ荒
    ク云ハス、アハレ穏便ナルモノカナト見ユヘキ也清少納
    言ノ枕草子ト云物ニイヘルハ、人ノモトナルモノノ、主ノサル/k176
    ヘキ女房ナト相テ物語スルニ、夜ノ深タル雨ノフリケ
    ナナトキキシレ事ヲツフヤク、其主心ヲトリスト有コソ、
    ケニコトハリナレ、女房ニ限ラス、主ノ対面ノ座席ニテ、
    従者ノコサカシクサシスキタルハ、イト見苦事也、サ
    レハトテ、トミノ事ナトノ出キタランニ告知セサラン
    又イフカヒナシ、事ニヨリテヨク機嫌ヲハカラフヘキ也、/k177
1)
白河天皇
2)
不詳。『宇治拾遺物語』129話では久孝。
3)
源行遠
text/jikkinsho/s_jikkinsho07-31.txt · 最終更新: 2016/02/14 14:27 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
Recent changes RSS feed Driven by DokuWiki

yatanavi.org ©2004-2017 Satoshi Nakagawa