昔、季札、呉王の使ひとしてものへ行きける道に、徐君といふ友達(ともだち)に逢ひて、もの言ひけるほどに、徐君、季札が帯(は)ける太刀を望む気色ありけれども、言葉に出でて言はざりけり。季札、これを悟りて、「与へん」と思ひけるが、「われ、使節の身なり。帰りざまに与ふべし」と、心の中に契りて去ぬ。

いくほどを経ずして帰(かへ)さに尋ぬるに、徐君、はやくはかなくなりにければ、心の中の約束の違(たが)へざらむがために、かの塚を尋ねて、その剣を懸けける。

これは信士なれども、ことがら同じによりて、廉者の篇に書き加ふ。

紀斉名が「徳行策」の詞に書ける、

　　秋霜三尺、呉札懸釼於蒼柏之煙

　　暁浪一声、元礼移棹於緑蘋之月

ある人¹⁾、友達²⁾に太刀を約束して、久しく送らざりければ、かく³⁾詠める、

　　亡きあとに懸けける太刀もあるものをさやつかの間に忘れはつべき

楽天⁴⁾、書けることあり、

　　一鼠得仙生羽翼

　　衆鼠看是有羨色

　　可憐上天猶未半

　　忽作烏鳶口中食

これ、ものをうらやむまじき心にや。

三十二昔季札呉王の使として物へ行ける道に、徐君と云友達に
      逢て物云けるほとに、徐君季札かはける太刀を望けしき
      有けれとも、詞に出ていはさりけり、季札此を悟てあた
      へんと思ひけるか、我使節の身なり、帰さまに与へしと
      心の中に契て去ぬ、幾程を経すしてかへさに尋るに、
      徐君早くはかなくなりにけれは、心の中の約束のたか／k88

      へさらむかために、彼塚をたつねて、其釼をかけける、是
      は信士なれとも、事から同によりて、廉者の篇にかきくは
      ふ紀斉名か徳行策の詞にかける、
        秋霜三尺呉札懸釼於蒼柏之煙
        暁浪一声元礼移棹於緑蘋之月
      或人ともたちに太刀を約束して久しく送さりけれは、
      かりよめる、
        なきあとにかけけるたちもあるものを、さやつかのまに
        わすれはつへき、
      楽天書る事あり
        一鼠得仙生羽翼　衆鼠看是有羨色／k89

        可憐上天猶未半　忽作烏鳶口中食
      是物をうらやむましき心にや、又憂悦ともにふかくせ／k90