楞厳院の恵心僧都¹⁾と園城寺慶祚阿闍梨、互ひに遷化を告ぐべきよし契りて、年月を送りけるに、慶祚、「後夜の行ひせん」とて、縁に出でて、閼伽を供しけるあひだ、空に芳(かうば)しきにほひありて、幽(かすか)なる声にていはく、

　　我是極楽　久住菩薩　化縁已尽　還生極楽

と聞こゆ。阿闍梨、あやしみ貴みて、たちまちに横川の僧都のもとへ案内しけり。

使、帰りて、「僧都、この暁失せ給ひにけり」と言へり。

四楞厳院ノ恵心僧都与園城寺慶祚阿闍梨互ニ
  遷化ヲ可告由契テ年月ヲ送ケルニ慶祚後
  夜ノ行セントテ、縁ニ出テ閼伽ヲ供ケル
  間、空ニ芳キニホヒアリテ幽ナル声ニテ云、
    我是極楽、　久住菩薩、　化縁已尽
    還生極楽ト聞ユ、阿闍梨アヤシミ貴テ、忽ニ
    横川ノ僧都ノモトヘ案内シケリ、使帰テ僧
    都此暁失給ニケリト云リ／k7