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text:jikkinsho:s_jikkinsho05-00

十訓抄 第五 朋友を撰ぶべき事

5の序 ある人いはく人は善友に会はむことをこひ願ふべきなり・・・

校訂本文

第五 朋友を撰ぶべき事

ある人いはく、「人は善友に会はむことをこひ願ふべきなり」。

「麻の中の蓬(よもぎ)は、ためざるに、おのづから直し」といふ喩(たと)ひあり。蓬は枝さし、直からぬ草なれども、麻に生ひまじりたれば、ゆがみてゆくべき道のなきままに、心ならず、うるはしく生ひのぼるなり。心の悪しき人なれども、うるはしく、うちある人の中にまじりぬれば、さすが、かれこれを憚(はばか)るほどに、おのづから直しくなるなり。

これによりて、良き友に会はむこと、経にも説かれ、文にも勧めたり。顔氏が家訓1)には、

  与善人居如入芝蘭之室久而自芳也、

  与悪人居如入鮑魚之肆久而自臭也、

といへり。

また、ある文には、「人の心は水の入れ物にしたがふがごとし。入れ物細ければ、すなはち細し。円(まろ)ければ、すなはち円(まろ)くなる。心は朋友にならふ。いかでか撰ばざるべき」と書けり。

また、『九条殿遺誡』には、「高声悪狂の人にともなふことなかれ」と教へ給へり。

かかれば、はかなくうち語らはむ友なりとも、よくその人を撰ぶべし。「薫蕕、器を異にすべし」となり。花のもとに春ばかりを契り、月の前に一夜をかぎる友までも、情あるたぐひ、忘れがたく思ひ出でらるるものなり。

すべて友を語るには、隔つる心なきを徳とす。ゆめゆめ心悪しからん人にともなふべからず。芝澗に住みし四人の翁、竹林にこもりし七賢のたぐひ、さこそ思はしき友なりけめ。子猷2)は、月の夜、雪の空にあくがれて、はるかに剡県の安道3)を尋ね、劉惔4)は、清風朗月に玄度5)のなきことを恨みける。まことに心にかなふ友のなからむには、いかなる曲宴もものうく思えぬべし6)

さればこそ、梁の孝王、鄒7)・枚8)と聞こえし二人の臣、去りにしかば、兔園の遊びをもとどめ給ふ。魯の仲尼9)は、子路といひし思はしき弟子におくれて後は、互ひに勧めける物をも捨て給ひにけり。

清和10)第九の皇子、貞真親王の作り給へりける

  鄒枚散後平台静

  空遣春風唯断腸

『文選』第二十一、魏の文帝、「与呉質書」にいはく、

  昔伯牙絶絃於鍾期、仲尼覆醢於子路。知音之難遇、傷門人之無逮也。

翻刻

十訓抄中
  第五可撰朋友事
  第六可存忠直事
  第七可専思慮事

  第五可撰朋友事
或人云、人者善友ニアハム事ヲコヒネカフヘキ也
麻ノ中ノ蓬ハタメサルニ自直シトイフタトヒア
リ蓬ハ枝サシナヲカラヌ草ナレトモ、麻ニオヒマ
シリタレハ、ユカミテユクヘキ道ノナキママニ心
ナラスウルハシクオヒノホル也、心ノアシキ人ナレト/k1
モ、ウルハシク、ウチアル人ノ中ニ交リヌレハ、サスカ
彼レコレヲ憚ルホトニ、自直シクナル也、依之能友ニ
アハム事、経ニモ説レ、文ニモススメタリ、顔氏カ家
訓ニハ
  与善人居如入芝蘭之室久而自芳也、
  与悪人居如入鮑魚之肆久而自臭也、
トイヘリ、又或文ニハ、人ノ心ハ水ノ入物ニ随カ如シ、
入物ホソケレハ即ホソシ、円ケレハ即マロクナル、心ハ
朋友ニナラフ何カ可不撰ト書リ、又九条殿遺
誡ニハ、高声悪狂ノ人ニ友フ事ナカレト教給
ヘリ、カカレハハカナクウチカタラハム友ナリトモ、ヨク/k2
其人ヲ撰ヘシ、薫蕕器ヲ異ニスヘシトナリ、花ノ
本ニ春計ヲ契リ、月ノ前ニ一夜ヲカキル友マテ
モ、情アルタクヒワスレカタク被思出者也、スヘテ
友ヲ語ニハ、ヘタツル心ナキヲ徳トス、ユメユメ心悪
カラン人ニ不可伴芝澗ニスミシ四人ノ翁、竹林ニ
コモリシ七賢類、サコソ思ハシキ友ナリケメ、子猷ハ
月ノ夜雪ノ空ニアクカレテ遥ニ剡県ノ安道
ヲ尋ネ劉慎ハ清風朗月ニ玄度ノナキ事ヲ
恨ミケル、誠ニ心ニ叶フ友ノナカラムニハ、何ナル曲
宴モ物ウクオホエメヘシサレハコソ梁ノ孝王鄒
枚ト聞エシ二ノ臣サリニシカハ兔薗ノ遊ヲモトト/k3
メ給フ、魯ノ仲尼ハ子路ト云シ思ハシキ弟子ニ
ヲクレテ後ハ互ニススメケル物ヲモステ給ニケ
リ清和第九ノ皇子貞真親王ノ作リ給ヘリケル
  鄒枚散後平台静、空遣春風唯断腸
文選第二十一魏文帝与呉質書云
  昔伯牙絶絃於鍾期、仲尼覆醢於子路、痛
  知音之難過、傷門人之無逮也、/k4
1)
顔之推『顔氏家訓』
2)
王子猷・王徽之
3)
戴安道
4)
「劉惔」は底本「劉慎」。諸本により訂正。
5)
許詢
6)
底本「めべし」。諸本により訂正
7)
鄒陽
8)
枚乗
9)
孔子
10)
清和天皇
text/jikkinsho/s_jikkinsho05-00.txt · 最終更新: 2015/12/04 00:28 by Satoshi Nakagawa