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text:jikkinsho:s_jikkinsho03-10 [2015/10/23 01:24] – 作成 Satoshi Nakagawatext:jikkinsho:s_jikkinsho03-10 [2020/05/11 23:22] (現在) Satoshi Nakagawa
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 弘光申す、「かやうの手合ひは、さのみこそ侍れ。勝負はこれによるべからず。一さしつかうまつるべし」と言ひて、隠れの方へ走り寄りて、二つの袖をひきちがへ、袴のくくり高くからみあげて、庭へ歩み出でて、「これへ下り候へ、下り候へ」と申す。伊成は目かけながら、かしこまりて居たるを、伊遠、「いかにかくほどに申す上は、はやまかり下りて、一さしつかまつるべし」と申すに、伊成も隠れの方にて、腰からみて、庭へ下りて立ち向ひにけり。形体抜群、勇力軼人、鬼王の形あらはれ、力士のたちまちに来たると思え、弘光、また敵対するに恥ぢずぞ見えける。 弘光申す、「かやうの手合ひは、さのみこそ侍れ。勝負はこれによるべからず。一さしつかうまつるべし」と言ひて、隠れの方へ走り寄りて、二つの袖をひきちがへ、袴のくくり高くからみあげて、庭へ歩み出でて、「これへ下り候へ、下り候へ」と申す。伊成は目かけながら、かしこまりて居たるを、伊遠、「いかにかくほどに申す上は、はやまかり下りて、一さしつかまつるべし」と申すに、伊成も隠れの方にて、腰からみて、庭へ下りて立ち向ひにけり。形体抜群、勇力軼人、鬼王の形あらはれ、力士のたちまちに来たると思え、弘光、また敵対するに恥ぢずぞ見えける。
  
-およそ、亭主を始めとして、諸人、目を驚かし、心を騒がして、ざめきあへるほどに、伊成、少し寄りて、弘光が手を取りて、前ざまへ強く引きたるに、うつ伏しにまろびぬ。あへなきことかぎりなし。+およそ、亭主を始めとして、諸人、目を驚かし、心を騒がして、ざめきあへるほどに、伊成、少し寄りて、弘光が手を取りて、前ざまへ強く引きたるに、うつ伏しにまろびぬ。あへなきことかぎりなし。
  
 弘光、ほどなく立ち上がりて、「これはあやまちなり。今一度、さかふべし」とて、歩み寄るに、伊成、なほ父の気色をうかがひて進まぬを、伊遠、「ただ攻め寄せて、試み候ぞや」と言ひければ、また弘光の手を取りて、後ろざまへ荒く突きたるに、とどこほりなく投げられて、今度はのけざまにまろびぬ。 弘光、ほどなく立ち上がりて、「これはあやまちなり。今一度、さかふべし」とて、歩み寄るに、伊成、なほ父の気色をうかがひて進まぬを、伊遠、「ただ攻め寄せて、試み候ぞや」と言ひければ、また弘光の手を取りて、後ろざまへ荒く突きたるに、とどこほりなく投げられて、今度はのけざまにまろびぬ。
  
-かりありて、起き上がりて、烏帽子の落ちたるを押し入れて、帥の前にひざまづきて、涙をほろほろとこぼして、「君の見参は今日ばかりにて候ふ」とて、走り出でて、やかて髻(もとどり)切りてけり。+かりありて、起き上がりて、烏帽子の落ちたるを押し入れて、帥の前にひざまづきて、涙をほろほろとこぼして、「君の見参は今日ばかりにて候ふ」とて、走り出でて、やかて髻(もとどり)切りてけり。
  
 法皇、このことを聞こしめして、「はなはだ穏便ならず。最手・脇などに昇進しぬるものをば、公家なほたやすく雌雄を決せられず。いかにいはんや、私の勝負、狼藉の至りなり」と仰せられて、長実卿、御気色心よからざりけり。 法皇、このことを聞こしめして、「はなはだ穏便ならず。最手・脇などに昇進しぬるものをば、公家なほたやすく雌雄を決せられず。いかにいはんや、私の勝負、狼藉の至りなり」と仰せられて、長実卿、御気色心よからざりけり。
text/jikkinsho/s_jikkinsho03-10.txt · 最終更新: 2020/05/11 23:22 by Satoshi Nakagawa