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十訓抄 第一 人に恵を施すべき事

1の8 昔中天竺に仏滅後百歳ばかり過ぎて優婆崛多と申す・・・

校訂本文

昔、中天竺に、仏滅後百歳ばかり過ぎて、優婆崛多と申す従果の羅漢おはしけり。

天魔のために、芳恩をほどこし給ふことあるによりて、何事にても、命によりて、その報答すべきよしを乞ひ申すに、崛多いはく、「われ、仏の有様、きはめて恋ひしく思ひ奉る。学び奉て見すべし」とのたまふ。やすき事なれとも、見て拝み給はば、おのれがため、きわめて悪しかるべきよしを、天魔、答へ申しければ、「礼(おが)むまじ」とのたまへば、「ゆめゆめ」と口かためて、林中に隠れぬ。

しばし1)ありて、歩み出でたるを見れば、たけは丈六、頂は紺青にて、身、金色なり。光は日の初めて出づるかごとし。崛多、これを見給ふに、かねての約束、すみやかに相違して、不覚の涙落ち、声を上げて哭す2)

その時、天魔、もとの形に現はれ、頸、もろもろの骨角をかけて、瓔珞としたりけり。

今の天狗の所変3)にかはらざりけり。

翻刻

昔中天竺ニ仏滅後百歳斗過テ優婆崛多ト
申従果ノ羅漢オハシケリ、天魔ノタメニ芳恩ヲホ
トコシ給事アルニヨリテ、何事ニテモ命ニヨリテ
其報答スヘキ由ヲコヒ申ニ、崛多云、「我仏ノ有様極
メテ恋シク思タテマツル、マナヒ奉テ見スヘシトノ
給、ヤスキ事ナレトモ、見テオカミ給ハハ己カタメ極メ
テアシカルヘキヨシヲ天魔答申ケレハ、礼ムマシトノ
給ヘハ、ユメユメト口カタメテ林中ニ隠ヌ、輙シ有テ歩
ミ出タルヲミレハ、タケハ丈六頂ハ紺青ニテ身金色
ナリ、光ハ日ノ始テ出ルカ如シ崛多是ヲ見給ニ、兼/k30
テノ約束速ニ相違シテ、不覚ノ涙オチ、音ヲアケ
テ坐ス、其時天魔モトノ形ニアラハレ頸諸骨角ヲ
懸テ瓔珞トシタリケリ、今ノ天狗ノ所変ニカハラ
サリケリ、人倫ノ事ハウチマカセタル習ニテ、其例/k31
1)
底本「輙し」。諸本により訂正。
2)
底本「坐す」。諸本により訂正。
text/jikkinsho/s_jikkinsho01-08.txt · 最終更新: 2015/08/29 15:55 by Satoshi Nakagawa
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