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text:ima:s_ima026

今物語

第26話 小式部内侍大二条殿に思し召されけるころ・・・

校訂本文

小式部内侍、大二条殿1)に思し召されけるころ、久し仰せ事なかりける夕暮に、あながちに恋ひ奉りて、階(はし)近くながめ居たるに、御車の音などもなくて、ふと入らせ給ひたりければ、待ち得て、夜もすがら語らひ申しける。

暁方(あかつきがた)に、いささかまどろみたる夢に、糸の付きたる針を御直衣の袖に刺すと見て、夢覚めぬ。

さて、帰らせ給ひにける朝(あした)に、御名残を思ひ出でて、例の階近くながめ居たるに、前なる桜の木に、糸の下りたるを、「あやし」と思ひて見ければ、夢に御直衣の袖に刺しつる針なりけり。いと不思議なり。

あながちに物を思ふ折には、木草なれども、かやうなる事の侍るにや。

その夜、御渡あること、まことにはなかりけり。

翻刻

小式部内侍大二条殿におほしめされける比ひさしく
おほせ事なかりける夕くれにあなかちに恋たてまつりて
はしちかくなかめゐたるに御車のをとなともなくてふと
いらせ給ひたりけれはまちえてよもすからかたらひ申けるあ
かつきかたにいささかまとろみたる夢にいとのつきたる
はりを御なをしの袖にさすと見て夢さめぬさてかへ
らせたまひにけるあしたに御名残をおもひ出てれい
のはしちかくなかめゐたるに前なるさくらの木にいとのさ
かりたるをあやしとおもひて見けれは夢に御なをしの
袖にさしつるはりなりけりいとふしき也あなかちに/s19r
物をおもふおりには木草なれともかやうなる事の侍る
にやその夜御渡ある事まことにはなかりけり/s19l
1)
藤原教通
text/ima/s_ima026.txt · 最終更新: 2014/12/23 19:55 by Satoshi Nakagawa