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今物語

第4話 ある殿上人古き宮ばらへ夜更くるほどに参りて・・・

校訂本文

ある殿上人、古き宮ばらへ、夜更くるほどに参りて、北の対(たい)の馬道(めんだう)にたたずみけるに、局に降るる人の気色、あまたしければ、引き隠れて覗きけるに、御局の遣水(やりみづ)に蛍の多くすだきけるを見て、先に立ちたる女房の、「蛍火乱れ飛んで」とうち眺めたるに、次なる人、「夕殿に蛍飛んで」と口ずさむ。尻に立ちたる人、「隠れぬ物は夏虫の」と華やかにひとりごちたる、とりどりにやさしくもおもしろくて、この男、何となく節なからむも本意(ほい)なくて、鼠鳴(ねずな)きをし出でたりける。

先なる女房、「物恐ろしや。蛍にも声のありけるよ」とて、つやつや騒ぎたる気色なく、うち静まりたりける、あまりに色深く、悲しく思えけるに、今一人、「『鳴く虫よりも』とこそ」と取りなしたりけり。

これも思ひ入りたるほど、奥ゆかしくて、すべてとりどりにやさしかりける。

  音もせで操(みさを)に燃ゆる蛍こそ鳴虫よりもあはれなりけれ

  蛍火乱飛秋已近 辰星早没夜初長1)

  夕殿蛍飛思消然

  包めども隠れぬ物は夏虫の身より余れる思ひなりけり

翻刻

ある殿上人ふるき宮はらへ夜ふくるほとにまいりて北の
たいのめんたうにたたすみけるにつほねにおるる人の
気色あまたしけれはひきかくれてのそきけるに御つほね
のやり水にほたるのおほくすたきけるをみてさきに
たちたる女房の蛍火みたれ飛てとうちなかめたるに/s6l
つきなる人夕殿にほたるとんてとくちすさむしりに
たちたる人かくれぬ物は夏むしのとはなやかにひとり
こちたるとりとりにやさしくもおもしろくて此おとこ
何となくふしなからむもほいなくてねすなきをしいて
たりけるさきなる女房物おそしろしやほたるにも声の
ありけるよとてつやつやさはきたる気色なくうちし
つまりたりけるあまりに色ふかくかなしくおほえけるに
いまひとりなく虫よりもとこそととりなしたりけり
これもおもひ入たる程おくゆかしくてすへてとりとりに
やさしかりける
  をともせてみさほにもゆる蛍こそ鳴虫よりもあはれ成けれ
  蛍火乱飛秋已近 辰星早役夜初長
  夕殿蛍飛思消然/s7r
  つつめともかくれぬ物は夏虫の身よりあまれるおもひ成けり/s7l
1)
「早没」は底本「早役」。諸本、及び出典の元稹「夜坐」により訂正。
text/ima/s_ima004.txt · 最終更新: 2014/12/13 18:56 by Satoshi Nakagawa
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