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発心集

校訂本文

そもそも、ことの次(ついで)ごとに書き続け侍るほどに、おのづから神明の御こと多くなりにけり。「昔の余執かな」とあざけりも侍べけれど、あながちに、「もて離れん」と思ふべきにもあらず。

そのゆゑは、たいてい、末の世のわれらがためには、たとひ後世を思はむにつけても、必ず神に祈り申すべきと思え侍るなり。もろもろのこと、祈りを得、所により身に随へることの、勤むるもやすく、またその験(しるし)も侍るなり。釈尊入滅の後、二千余年、天竺を去れること数万里、わづかに聖教伝はり給ふといへども、正像すでに過ぎて、行ふ人もかたく、その験(しるし)もまたまれなり。

ここに、諸仏菩薩、悪世の衆生の辺卑のさかひに生まれ、無仏の世にまどひて、浮ぶ方なからんことをかがみ給ひて、わが機にかなはむために、いやしき鬼神のつらとなり給へば、かつは悪魔をしたがへ、仏法を守り、かつは賞罸をあらはして、信心を発(おこ)さしめ給ふ。これすなはち、利生方便のねんごろなるよりおこるなり。

中にも、わが国のありさま、神明の助けならずは、いかにか人民もやすく、国土も穏かならむ。小国辺卑のさかひなれば、国の力弱く、人の心も愚かなるべし。隠しては天魔のために悩まされ、あらはれては大国の王に領ぜられつつ、やすきそらもなくてこそは侍らましか。たとひ、仏法渡り給へりとも、悪魔の妨げこはくして、濁世の今に広まり給はんこと、極めてかたし。

かのの天竺は、南州の最中(もなか)、まさしく仏の出で給へりし国なれど、像法の末より、諸天の擁護(おうご)やうやう衰へ、仏法滅し給へるがごとし。霊鷲山のいにしへのこと、虎・狼のすみかとなり、祇園精舎の古き砌(みぎり)は、わづかに礎(いしずゑ)ばかりこそは残りて侍るなれ。

しかるを、わが国は、昔、いざなみ・いざなきの尊より、百王の今に至るまで、久しく神の御国として、その加護なほあらたなり。あまさへ、新羅・高麗・支那・百済などいひて、いきほひことのほかなる国々さへ随へつつ、五濁乱慢のいやしきも、なほ大乗盛りに広まり給 へり。もし、国に逆臣あれば、月日をめぐらさずこれを滅ぼし、天魔、仏法を傾けんとすれば、鬼王として対治し給ふ。

これより、仏法・王法衰ふることなく、民やすく、国穏やかなり。あきらけき衆生の願楽、世々の業因をかがみ給ひて、これに随へる恵み、たとへば、水のうつは物に随ふがごとし。君の御為にはたかき大神とあらはれ、民のためにはいやしき道祖神となり、智恵の前には本地を顕はし、邪見の家には仏法をいましめ給ふ。後世を知らぬ輩(ともがら)は、福を祈らむために歩みを運ぶ。因果に暗き人は、罸を恐れて仰ぎ奉る。

かかれば、里の中、道のほとりなどに、大きなる木、一二本も見ゆる所、みなあやしけれど、神のいます所なり。寺のほとりの草木、「いづら人の植ゑ置きける」と1)、とがめののしるだに、隙(ひま)をはかりて、切りほろぼす。やや堂舎を毀(こぼ)ち取り、仏の場(には)にもろもろの不浄を行(ぎやう)す。まことに目もあてられぬこと多くこそ侍れ。

「げに、神とあらはれ給はざらましかば、無悪不造の輩(ともがら)、何につけてか、つゆばかりの縁を結び奉らまし」と思とけば、「かく、榊・幣(みてぐら)よりはじめ、かたくななる宜禰(きね)が皷の音までも、みな開楽悟入の御かまへなり」と、あはれにかたじけなくなむ侍り。

しかれば、すなはち現世のもろもろの望みこそ、仮の方便とこそ知らしめ給はめ。「出離生死を祈り申さんに至りては、いかでか、化度の本懐をあらはし給はざらん」と思え侍るなり。

翻刻

哀ナル事ナリ。抑コトノ次ゴトニ書ツツケ侍ホドニ
ヲノツカラ神明ノ御事多クナリニケリ。昔余執カ
ナトアザケリモ侍ベケレド。強ニモテ離ント思フ
ベキニモアラズ其故ハ大底スヱノ世ノ我等ガ為
ニハタトヒ後世ヲ思ハムニ付テモ必ス神ニ祈リ申
ベキト覚ヘ侍ナリ。モロモロノ事祈ヲ得所ニヨリ身
ニ随ルコトノ勤ルモヤスク又ソノシルシモ侍ナリ釈
尊入滅ノ後二千余年天竺ヲサレル事数万里ワ
ヅカニ聖教ツタハリ給トイヘドモ正像スデニ過/n28l
テ行フ人モカタク。其シルシモ又マレナリ。爰ニ諸仏菩
薩悪世ノ衆生ノ辺卑ノサカヒニ生レ。無仏ノ世ニ
マドヒテウカフ方ナカラン事ヲカカミ給テ。我機ニ
カナハム為ニ。イヤシキ鬼神ノツラトナリ給ヘハ。且
ハ悪魔ヲシタガヘ。仏法ヲ守リ。且ハ賞罸ヲアラ
ハシテ信心ヲ発サシメ給フ。是則利生方便ノネム
ゴロナルヨリオコルナリ。中ニモ我国ノアリサマ神
明ノタスケナラズハイカニカ人民モヤスク国土モオ
ダヤカナラム。小国辺卑ノサカヒナレハ。国ノ力ヨハ
ク人ノ心モ愚ナルベシ。カクシテハ天魔ノ為ニナヤマ/n29r
サレ。アラハレテハ大国ノ王ニ領セラレツツ安ソラ
モナクテコソハ侍ラマシカ。タトヒ仏法ワタリ給
ヘリトモ悪魔ノサマダケコハクシテ濁世ノ今ニ
ヒロマリ給ハン事キハメテカタシ。彼ノ天竺ハ南州ノ
最中マサシク仏ノ出給ヘリシ国ナレド。像法ノ末
ヨリ諸天ノ擁護ヤウヤウ衰ヘ仏法滅シ給ヘルカ如
シ。霊鷲山ノイニシヘノ事虎狼ノスミカトナリ。
祇園精舎ノフルキ砌リハワヅカニ石ズエ計コソハ残
リテ侍ルナレ。然ヲ吾国ハ昔イザナミイザナキノ
尊ヨリ百王ノ今ニイタルマデ久ク神ノ御国トシ/n29l
テ其加護ナヲアラタナリ。剰ヘ新羅高麗支那百
済ナドイヒテ。イキホヒ事ノ外ナル国々サヘ随ツツ
五濁乱慢ノイヤシキモ猶大乗サカリニヒロマリ給
ヘリ。若国ニ逆臣アレバ月日ヲメグラサス是ヲホロボ
シ。天魔仏法ヲ傾ケントスレバ鬼王トシテ対治シ
給フ。是ヨリ仏法王法衰ル事ナク。民ヤスク国穏
カ也。アキラケキ衆生ノ願楽世々ノ業因ヲカカミ
給テ。コレニ随ヘルメクミ。タトヘバ水ノウツハ物ニ随カ
ゴトシ。君ノ御為ニハタカキ大神トアラハレ。民ノ
為ニハ。イヤシキ道祖神トナリ。智恵ノ前ニハ本地/n30r
ヲアラハシ。邪見ノ家ニハ仏法ヲイマシメ給フ後世
ヲシラヌ輩ハ福ヲイノラム為ニアユミヲ運フ因果
ニクラキ人ハ罸ヲオソレテ仰キ奉ル。カカレバ里ノ
中道ノホトリナトニ大ナル木一二本モ見所ミナ
アヤシケレト。神ノイマス所ナリ。寺ノホトリノ草
木イヅラ人ノウヘ置ケルトカメノノシルダニ。隙ヲ
ハカリテキリホロボス。ヤヤ堂舎ヲコボチトリ。仏
場ニ諸ノ不浄ヲ行ス。マコトニ目モアテラレヌ事
オホクコソ侍レ。ゲニ神トアラハレ給ハザラマシカバ
無悪不造ノトモカラナニニツケテカ露バカリノ/n30l
縁ヲムスビ奉ラマシト思トゲハ。カク榊ミテグラ
ヨリ初。カタクナナル宜禰カ皷ノ音マテモ皆開楽
悟入ノ御カマヘナリト哀ニ忝クナム侍リ。然バ
スナハチ現世ノモロモロノ望コソカリノ方便トコ
ソシラシメ給ハメ。出離生死ヲ祈リ申サンニ至テ
ハ。イカデカ化度ノ本懐ヲアラハシ給ハザラント
覚ヘ侍ルナリ

発心集第八終

慶安四(辛卯)歳仲春
中野小左衛門刊行/n31r
1)
底本「と」なし。文意によって補入。
text/hosshinju/h_hosshinju8-15.txt · 最終更新: 2017/08/16 13:04 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
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