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text:hosshinju:h_hosshinju8-14 [2017/08/15 15:30] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:hosshinju:h_hosshinju8-14 [2017/08/15 15:31] (現在) – [校訂本文] Satoshi Nakagawa | ||
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この僧、立ちとどまりて、そのゆゑを問ふ。童の言ふやう、「ここに、おぼつかなきこと侍り。神の御前にて、まづ人の読み給ふ経の名をさまざまに申して、『われこそよく言へ』と、かたみに論じ侍るなり」と言ふ。 | この僧、立ちとどまりて、そのゆゑを問ふ。童の言ふやう、「ここに、おぼつかなきこと侍り。神の御前にて、まづ人の読み給ふ経の名をさまざまに申して、『われこそよく言へ』と、かたみに論じ侍るなり」と言ふ。 | ||
- | 「をかし」と思ひて、一人づつこれを問へば、一人は「真経」と言ひ、一人は「深経」と言ひ、一人は「神経」と言ふ。僧、うち笑ひ、「これは、みな僻事(ひがごと)ぞ。『心経』とこそ言へ」と言へば、言ひやみて、みな去りぬ。 | + | 「をかし」と思ひて、一人づつこれを問へば、一人は「真経」と言ひ、一人は「深経」と言ひ、一人は「神経」と言ふ。僧、うち笑ひ、「これは、みな僻事(ひがごと)ぞ。『心経((般若心経))』とこそ言へ」と言へば、言ひやみて、みな去りぬ。 |
かくて、一町ばかり行くほどに、河原中に、にはかにまぐれて倒れぬ。夢のごとくして、臥したるほどに、やむごとなき人、枕に来たりてのたまふやう、「なんぢがしわざ、心得ず。これ幼き者の言ふこと、みなそのいはれあり。『真経』と言ふ、僻事にあらず。実(まこと)の法なれば。『深経』といふ、また僻事にあらず。いはれ深きことはりなれば。『神経』といふもたがはず。神明のことにめで給ふ経なれば。このことをやや久しく論じつれば、とにもかくにもめでたく聞きつるを、なんぢが事をきしるゆゑに、言ひ止みて去りぬ。口惜しければ、そのこと示さんとてなり」と仰せらるると見て、汗うち流れあえて、ことなくなむ起きたりける。 | かくて、一町ばかり行くほどに、河原中に、にはかにまぐれて倒れぬ。夢のごとくして、臥したるほどに、やむごとなき人、枕に来たりてのたまふやう、「なんぢがしわざ、心得ず。これ幼き者の言ふこと、みなそのいはれあり。『真経』と言ふ、僻事にあらず。実(まこと)の法なれば。『深経』といふ、また僻事にあらず。いはれ深きことはりなれば。『神経』といふもたがはず。神明のことにめで給ふ経なれば。このことをやや久しく論じつれば、とにもかくにもめでたく聞きつるを、なんぢが事をきしるゆゑに、言ひ止みて去りぬ。口惜しければ、そのこと示さんとてなり」と仰せらるると見て、汗うち流れあえて、ことなくなむ起きたりける。 |
text/hosshinju/h_hosshinju8-14.txt · 最終更新: 2017/08/15 15:31 by Satoshi Nakagawa