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text:hosshinju:h_hosshinju8-11
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text:hosshinju:h_hosshinju8-11 [2017/08/14 21:26] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +発心集
 +====== 第八第11話(99) 聖梵・永朝、山を離れ南都に住む事 ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +中ごろ、奈良に聖梵(しやうぼん)入寺・永朝僧都((永超僧都))といふ二人の智者あり。もとは山に同じ様に学久しくして住みける。
 +
 +そのころ、いみじき同志の若人(わかびと)ども多くて、彼らにすぐれんこともありがたく思えてげれば、二人言ひ合はせつつ、山((比叡山延暦寺))を別れて、奈良へなむ移りける。
 +
 +奈良坂に至りて、はるかに見やるに、興福寺の方には、人多く居こぞりて、いみじうにぎやかなり。東大寺の方には、人少(ずく)なにて、ものさびしき様に見えければ、聖梵、もとより心素直(ずなほ)ならぬ者にて、心の中に思ふやう、「人多き所にて、思ふさまに成り出でんことは、きはめて難(かた)し。東大寺の方へこそ行くべかりけれ」と思ひて、永朝に言ふやう、「一所にては悪しかりなむ。そなたには興福寺へいませ。われは、もとより三論宗を少し学したれば、東大寺へまからん」と言ひて、そこよりなむ、おのおの行き別れける。
 +
 +この二人、劣らぬ智者なれど、永朝は心うるはしき者にて、行くままに興福寺へ行きて、ほどなく進みて僧都になりぬ。聖梵は勝り顔もなかりければ、月の明かかりける夜、つくづくと身のありさまを思ひつづけて詠みける。
 +
 +  昔見し月の影にも似たるかなわれと共にや山を出でけん
 +
 +この聖梵、学生の方はいみじき聞こえありけれど、人のため腹悪しくて、さるべき経論などを人に借りても、殊なる要文ある所をば切りとり、さりげなく継ぎ寄せてなむ返しける。書き切り置きたる文のきれ、小さき唐櫃にひとはたにぞなりたりける。
 +
 +かかるうたてき心を持ちたるゆゑに、智者といふとも、その験(しるし)もなし。現世には司もならず、つひに二つの目抜けて、臨終にはさまざま罪深き相どもあらはれて、「かの、あはうの」と言ひてぞ、終はりにける。何の智恵も勤めも、心うるはしくて、その上のことなり。
 +
 +さて、永朝僧都は、春日の社((春日神社))に常にこもりけるに、神感あらたにて、夢の中に御姿見奉ること、たびたびになりにけれども、御後ろをのみ見て、向ひて見給ふことのなかりければ、あやしく本意(ほい)なく思えて、ことに信を至して祈り申しける時、夢の中に仰せられけるやう、「なんぢ、恨むる所しかるべし。ただし、いとほしく思し召せども、すべて、われに後世のことを申さねば、え向ひては見ぬなり」と仰せ給ふとなむ、見たりける。
 +
 +末世の機にしたがひて、仮に神とこそ現じ給へど、まことには、化度衆生の御志より発(おこ)りければ、現世のことをのみ祈り申すをば、本意なく思し召すなるべし。
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +    聖梵永朝離山住南都事
 +  中比奈良ニ聖梵入寺永朝僧都ト云二人ノ智者
 +  アリ。本ハ山ニ同ジ様ニ学久シテ住ケル。其比イミ
 +  ジキ同志ノ若人ドモ多クテ。カレラニスグレン事モ
 +  難有覚ヘテゲレバ。二人云合セツツ山ヲワカレテ奈良/n23r
 +
 +  ヘナムウツリケル。奈良坂ニイタリテ遥ニ見ヤルニ。
 +  興福寺ノ方ニハ人ヲホク居コゾリテ。イミジウニギヤ
 +  カナリ。東大寺ノ方ニハ人ズクナニテ物サビシキ
 +  様ニ見ヘケレバ。聖梵モトヨリ心スナホナラヌ者ニ
 +  テ心ノ中ニ思フ様。人多キ所ニテ思フサマニ成出
 +  ン事ハキハメテ難シ。東大寺ノ方ヘコソ行ベカリケレ
 +  ト思テ。永朝ニ云様。一所ニテハ悪カリナム。ソナタニ
 +  ハ興福寺ヘイマセ。我ハ本ヨリ三論宗ヲ少シ学シ
 +  タレバ東大寺ヘマカラント云テ。ソコヨリナムヲノヲノ
 +  行別ケル此フタリ劣ヌ智者ナレド永朝ハ心ウル/n23l
 +
 +  ハシキ者ニテ。ユクママニ興福寺ヘ行テ程ナク
 +  進テ僧都ニナリヌ。聖梵ハマサリガホモ無リケレ
 +  ハ月ノアカカリケル夜ツクツクト身ノ有様ヲ思ヒ
 +  ツツケテ読ケル
 +    昔見シ月ノ影ニモ似タルカナ我ト共ニヤ山ヲ出ケン
 +  此聖梵学生ノ方ハイミジキ聞ヘアリケレド。人ノ為
 +  腹悪テサルベキ経論ナドヲ人ニ借テモ殊ナル要
 +  文アル所ヲバ切トリ。サリゲナクツギヨセテナム返
 +  ケル。書切ヲキタル文ノキレチヰサキ唐櫃ニヒト
 +  ハタニゾ成タリケル。カカルウタテキ心ヲ持タル故/n24r
 +
 +  ニ智者トイフトモ其験モナシ現世ニハ司モナラス
 +  ツヰニ二ノ目ヌケテ臨終ニハサマサマ罪フカキ相ト
 +  モアラハレテ。彼アハウノト云テゾ終リニケル。何ノ智
 +  恵モツトメモ心ウルハシクテ其上ノ事也。サテ永朝
 +  僧都ハ春日社ニ常ニコモリケルニ。神感アラタニテ
 +  夢ノ中ニ御スガタ見奉ル事度々ニ成ニケレド
 +  モ御ウシロヲノミ見テ向ヒテ見給フ事ノナカリケ
 +  レバ。アヤシク本意ナク覚ヘテ殊ニ信ヲ至テ祈リ
 +  申ケル時。夢ノ中ニ被仰ケルヤウ。汝恨ル所シカルベ
 +  シ。但イト惜思食セドモ。スベテ我ニ後世ノ事ヲ申/n24l
 +
 +  サネバエ向ヒテハ見ヌナリト仰給トナム見タリケル。
 +  末世ノ機ニシタガヒテ。カリニ神トコソ現ジ給ヘト誠
 +  ニハ化度衆生ノ御志ヨリ発リケレバ現世ノ事ヲ
 +  ノミ祈申ヲハ本意ナク思食スナルベシ/n25r
  
text/hosshinju/h_hosshinju8-11.txt · 最終更新: 2017/08/14 21:26 by Satoshi Nakagawa