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発心集

第八第9話(97) 四条の宮半物、人を呪咀して乞食と為る事

校訂本文

中ごろ、年たかき尼の、さすがに人に知られて乞食(こつじき)し歩(あり)くあり。

わが身のありさま、みづから語りけるは、

「もとは、四条の宮1)の半者(はしたもの)、『みなそこ』となむいひける。男の受領(じゆりやう)になりて下りける時、『具して下らん』といざなひければ、宮にも暇(いとま)申し、さぶらふ人々にもそのよし聞こえて、心ばかり出で立つ。おほやけにも旅の装束給はせ、女房なんども、おのおの扇・畳紙(たたうがみ)やうのはなむけ、あまねく心ざしけり。

すでに暁とて、重ねてことのよし聞えて、里に出でつつ、迎への車を待つほどに、その日、音信(おとづれ)もなし。あやしくて、『もし、下り延びたるか』と尋ぬれば、『はや、この暁、下り給ひぬ。北の方の、日ごろはそら知らずして、この夜中ばかり、『ただ、あらましかとこそ思ひつれ。まことには、われを置きて誰を具して行くべきぞ』とむつかり給ひつれば、やがて北方もろともに下り給ひぬ』と言ふ。悪心おこるなどはおろかなり。

人のまづ思はんことも心憂ければ、その後、宮へも参らず、やがてその日より清まはりして、貴布禰2)へ百夜参りして申し侍りしやう、『われ、おだやかにて、人を『悪しかれ』と申さばこそは、かたからめ。かの人を失ひ給へ。われ、命を奉らん。もし、なほ生けらば、乞食する身となりて、後世には無間地獄に落つる果報を受くとも、それをば憂へとせず。ただ、この憤りを助け給へ』となむ、二心なく申し侍りし。

この男は、ただ面目なくなんどばかり、心苦しく思ひやりて、さほど深く思ふらんとは知らざりけり。

国に下り着きて、一月ばかりありけるほどに、かの北の方、湯殿に下りたりける時。湯の気(け)の中へ、天井の中より、襪(したうず)履きたる足の一尺ばかりなるを、さし下したるが見えければ、女房に、『かれは見るや』と問ひけれど、こと人には見えず。かくて、驚き恐れて湯も浴みず、騒ぎ上りにけるより、やがて、重くわづらひて、ほどなく失せにけりとぞ。京には、いまだ百日に満たざりしほどに聞きて、心の内の悦び、申し尽すべからず。

その後、とかくことたがひて、世にあるべくもなく衰へて、果てには、かく乞食をし歩(あり)き侍るなり。ともすれば罪深く恐しき夢なんど見え侍れど、さしも申してしことなれば、さらに恨むるにあらずなむ侍る。かくいたく老せまりて後こそ、『何しに罪深く、さる悪心を発(おこ)して、二世不得の身になりぬらむ』と思ひ返し侍れど、かひもなし」

とぞ、言ひける。

翻刻

  四条宮半物呪咀人為乞食事
中比年タカキ尼ノサスガニ人ニシラレテ乞食シア
リクアリ。我身ノアリサマミツカラ語リケルハ。本ハ四
条ノ宮ノハシタ物。ミナソコトナムイヒケル男ノ受領/n19l
ニ成テ下ケル時具シテ下ラントイザナヒケレバ宮
ニモ暇申。サフラウ人々ニモ其由聞ヘテ心計イデ立
オホヤケニモ旅ノ装束給ハセ女房ナムドモヲノヲノ
扇タタフガミ様ノハナムケアマネク心ザシケリ。既
暁トテ重テコトノヨシ聞ヘテ里ニイデツツムカヘノ
車ヲ待ホドニ。其日音信モナシ。アヤシクテ若クタリ
ノビタルカト尋レバ早此暁下リ給ヒヌ。北方ノ日来ハ
ソラシラズシテ此夜中バカリ只アラマシカトコソ思
ツレ。誠ニハ我ヲヲキテ誰ヲ具シテ行ベキゾトムツカ
リ給ツレバ。ヤガテ北方モロトモニ下給ヌトイフ。悪心/n20r
オコルナドハ愚ナリ。人ノ先思ハン事モ心ウケレバ其
後宮ヘモマイラズ軈テ其日ヨリキヨマハリシテ。貴
布禰ヘ百夜マイリシテ申侍シヤウ。我オダヤカニ
テ人ヲ悪カレト申サバコソハ。カタカラメ。彼人ヲ失ヒ
給ヘ我命ヲ奉ン若シ猶イケラバ乞食スル身トナリ
テ後世ニハ無間地獄ニオツル果報ヲ受トモ其ヲ
バウレヘトセズ。只コノイキドヲリヲ助ケ給ヘトナム
二心ナク申侍シ。コノ男ハ只面目ナクナント計心ク
ルシク思ヒヤリテ。サホド深ク思ラントハシラサリケ
リ。国ニ下リツキテ一月バカリアリケル程ニ。カノ北ノ方/n20l
湯殿ニヲリタリケル時。湯ノケノ中ヘ天井ノ中ヨリ。シ
タウズハキタル足ノ一尺バカリナルヲサシヲロシタル
ガ見ヘケレバ女房ニカレハ見ヤト問ケレド。コト人ニ
ハ見ヘズカクテ驚キ恐テ湯モアミズ。サワキノボリ
ニケルヨリ。ヤガテ重ク煩ヒテ程ナク失ニケリトゾ。
京ニハイマダ百日ニミタザリシ程ニ聞テ心ノウチノ
悦ヒ申ツクスベカラズ。其後トカク事タガヒテ世ニ
アルベクモナク衰ヘテ。ハテニハカク乞食ヲシアリ
キ侍ナリ。トモスレバ罪フカクオソロシキ夢ナント
見ヘ侍レド。サシモ申テシ事ナレバ更ニ恨ニアラズ/n21r
ナム侍ル。カクイタク老セマリテ後コソ。ナニシニ罪
フカクサル悪心ヲ発テ二世不得ノ身ニナリヌラ
ムト思ヒカヘシ侍レド。カイモナシトゾイヒケル/n21l
1)
後冷泉天皇皇后藤原寛子
2)
貴船神社
text/hosshinju/h_hosshinju8-09.txt · 最終更新: 2017/08/14 15:56 by Satoshi Nakagawa
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