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発心集

第八第8話(96) 老尼、死の後橘の虫と為る事

校訂本文

近ごろ、ある僧の家に、大きなる橘の木ありけり。実の多くなるのみにあらず、その味も心ことなりければ、主(あるじ)の僧、また、たぐひなきものになむ思へりける。

かの家の隣に、年たかき尼、一人住みけり。重病を受けて、床に臥して、日ごろ物も食はず、湯水なんども、はかばかしく呑み入れぬほどになれりけるが、この橘を見て、「かれを食はばや」と言ひければ、すなはち、隣(となり)へ人をやりて、「かくなむ」と言はせたりけれど、情なく、かたく惜しみて、一つもおこせず。

この病人のいはく、「いとやすからず、心憂きことかな。病、すでに責めて、命、今日・明日にあり。たとひよく食ふとも、二・三にや過ぐべき。それほどのものを惜しみて、わが願ひをかなはせぬは、口惜しきわざなり。われ、極楽に生れんことを願ひつれど、今にいたりては、かの橘を食(は)み尽す虫とならんと。その憤りを遂げずは、浄土に生まるることを得じ」と言ひて死ぬ。

隣の僧、このことを知らずして、日ごろ過ぎけるほどに、この橘の落ちたるを取りて、食はんとて、皮を剥きて見るに、橘の袋ごとに白き虫の五・六分ばかりなるあり。驚きて、「いづれもかかるなんめりや」と思ひて、見れば、そこらの橘、さながら同じやうになむありける。年を追ひて、かくのみありければ、「何にかはせむ」とて、はてにはその木を切り捨ててげり。

願力といひながら、さしも多くの虫となりけんことは、いみじき不思議なり。かれ、悪事を思ふは、くだりざまのことなれば、かなひやすくは侍るにこそ。

翻刻

  老尼死後為橘虫事
近比アル僧ノ家ニ大キナル橘ノ木アリケリ。実ノ
オホクナルノミニアラズ。其味モ心コトナリケレハ。
主ノ僧マタタグヒナキ物ニナム思ヘリケル。カノ家ノ
隣ニ年タカキ尼独スミケリ。重病ヲ受テ床ニフ
シテ日来物モクハズ湯水ナムドモハカハカシク呑入
ヌホドニナレリケルガ。コノ橘ヲ見テカレヲクハバヤ
ト云ケレバ。即トナリヘ人ヲヤリテカクナムトイハセ/n18l
タリケレド情ナクカタク惜ミテ。一モヲコセズ。此病
人ノ云クイトヤスカラズ心ウキ事カナ。病スデニ
責テ命ケフアスニアリ。仮ヨク喰トモ二三ニヤ過
ベキ。其程ノ物ヲ惜ミテ我ネガヒヲ叶セヌハ口惜ワ
ザナリ。我極楽ニ生ン事ヲ願ヒツレド。今ニイタリテ
ハカノ橘ヲハミツクス虫トナラント。其イキドヲリヲ
遂ズハ浄土ニ生ルル事ヲ得ジト云テ死ヌ。隣ノ僧此
事ヲシラズシテ日来スギケル程ニ。コノ橘ノ落タルヲ
トリテ喰ハントテ皮ヲムキテ見ニ橘ノフクロゴトニ
白虫ノ五六分計ナルアリ。驚テイヅレモカカルナム/n19r
メリヤト思テ見レバ。ソコラノ橘サナカラ同様ニナム
アリケル。年ヲオヒテカクノミ有ケレバ。何ニカハセ
ムトテ。ハテニハ其木ヲ切捨テゲリ。願力トイヒナ
カラサシモ多ノ虫トナリケン事ハ。イミジキ不思
議ナリ。カレ悪事ヲ思フハクダリサマノ事ナレバ叶
ヤスクハ侍ニコソ/n19l
text/hosshinju/h_hosshinju8-08.txt · 最終更新: 2017/08/10 19:46 by Satoshi Nakagawa
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