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発心集

第八第7話(95) 或る武士の母、子を怨み頓死の事 法勝寺の執行、頓死の事 末代といへども卑下すべからざる事

校訂本文

近ごろ、一人の武者ありけり。おのが身は世にあひて、下れる母をなむ持ちたりける。もとより孝の心薄き上に、面(おもて)ぶせにさへ思ひ、継母(ままはは)をのみ重く思へりければ、世の常の親子の様に、むつびまみゆることもなし。かかれど、さすがに正(まさ)しき母なれば、形のごとくなる所をなん取らせたりける。

かの母、その所を得て、かしこに行きて、湯なん浴みて居たりける間に、継母の、「よからず」と言ひけるによりて、母が所知を改め、たちまちに異人(ことひと)に取らせてけり。

そのあたりの人、聞き驚きて、このよしを母に告げければ、「さらば、われにこそ告げられめ。さることのほかのことはあるものかは」とて信ぜず。かかるほどに、かの庄の沙汰の者申さく。下文を持(も)て来て、母に読み聞かせける時、あまりこときはまりて、とばかりものも言はず。「あきれたる様にて居たる」と見るほどに、気色(きしよく)のことの外に見ゆるを、あやしくて、引き動かすに、いふかひなき様なり。はや、居ながら息絶えたるなりけり。すなはち悪心の熾盛なるゆゑなるべし。

さて、かの武者は、その思ひをやかうぶりたりけん。ほどなく亡び失せにけりとぞ。名はたしかなれど、当時(そのかみ)のことなれば、わざと書かず。

また、近きころ、法勝寺の九重の塔、雷(いかづち)の火のために焼け侍りし時、かの寺の執行、これを見て、悲しみに耐へず、絶え入りて、その日の中に命終ることは、みな人あまねく知れり。これ、法滅の菩提心の強く発(おこ)れるなるべし。かかれば、今の世までも、善悪につけて心の発ること、かくのごとし。

いかが、仏道を願はんに至りて、「世の末」と卑下の心を起すべし。しかのみならず、男女に愛着して命を捨て、勝他名聞のために肝胆を砕く様なんどは、末代とて熾盛ならずやは。見えたることのたよりには、奕打(ばくちうち)といふ者どもの集りて、双六打つを聞けば、夜も寝(い)ねず、昼も立ち去ることもなく、七・八日など片時(へんし)も休まず、その間の身の苦しさ、心を砕く様、たとへて言はん方なし。されど、貪欲勝他の心の切なる身力(しんりき)にて、おのづから心を養ふ方もあるにや。目もつぶれず、腰もすくまず。限りあれば、かの大施太子の如意珠給ひけむ志もかくばかりこそはとぞ見ゆる。

また、功を積みて、不思議をあらはせることを言はば、田楽・猿楽なんどの中に、刀玉(かたなたま)といひて、危ふきわざする者あり。これを見れば、刀六つを三人して取る。宗(むね)と上手なる者をば中に立てて、前に向へる者一人、後ろの方に一人、おのおの刀三つを持ちて、前後より「われ劣らじ」と早く投げかくるを、中にて、前より投ぐるを取りて後ろへ投げやり、後ろより投ぐるをば前ざまへ投げやる。すべて、六つの刀、なほとかくさばきやる様、凡夫のしわざとも思えず。人伝(ひとづ)てに聞かば、信ずべくもあらぬことなり。

これは、また不思議にあらず。ひとへに功を積めるがいたすところなり。もし、功徳の為に 、かく功を積み勇猛精進の心を発(おこ)さんには、現身に三昧をも得つべし。うつつに仏菩薩をも見奉るべし。よしなきすさびには、かく心を入るれど、善根といへば、ゆるく懈怠(けだい)なるなり。

中にも、阿弥陀仏の悲願は、なほざりなることかは1)。諸仏の捨て給へる五逆の悪人をも、「助けん」と誓ひ給へれば、昔も今も、智あるも智なきも、貴賤・道俗・老少・男女を選ばず、往生するためし、耳に満ち、眼(まなこ)にさへぎれり2)。聞けども信ぜず、見れども貴まず、ただん、「末世のわれらか分にあらず」とのみもて離れて、あるいは宿善とも言ひ、あるいは天魔のしわざなんど言ひつつ、行者の励みと仏の願力とをば、われも信ぜず、人も退心を発(おこ)さするは、いと心憂きことなり。

かく、賢く尊きかと思へば、前(さき)の世の業報定まりて、「得がたき福祐をばいかにせん」と、火水に入るごとく仏神に祈り騒ぎ、昼夜に走(わし)り求む。詮(せん)は、ただ深く無明の酒にたぶらかされて、正念を失なへるなるべし。

翻刻

  或武士母怨子頓死事 法勝寺執行頓死事 雖末代不可卑下事
近来ヒトリノ武者アリケリ。ヲノカ身ハ世ニアヒテ下
レル母ヲナム持タリケル。本ヨリ孝ノ心ウスキウヘ
ニ面ブセニサヘ思ヒ。ママ母ヲノミ重ク思ヘリケレバ世
ノ常ノ親子ノ様ニムツビマミユル事モナシ。カカレド
サスガニ正キ母ナレバ形ノゴトクナル所ヲナントラセ
タリケル。彼母ソノ所ヲ得テ。彼ニ行テユナンアミテ
居タリケル間ニ。ママ母ノヨカラスト云ケルニヨリテ。/n15l
母カ所知ヲアラタメ忽ニコト人ニトラセテケリ。其ア
タリノ人キキ驚テ此由ヲ母ニ告ケレバ。サラバ我ニ
コソツケラレメ。サル殊ノ外ノ事ハアル物カハトテ信
セス。カカル程ニ彼庄ノ沙汰ノモノ申サク下文ヲモテ
来テ母ニヨミキカセケル時。アマリ事キハマリテト
バカリ物モイハズアキレタル様ニテ居タルト見ル程
ニ気色ノコトノ外ニ見ユルヲアヤシクテ引動ニイフ
甲斐ナキ様ナリ。ハヤ居ナガラ息タエタルナリケリ。
即悪心ノ熾盛ナル故ナルベシ。サテ彼武者ハ其思ヒ
ヲヤカウフリタリケン。程ナクホロビウセニケリトゾ/n16r
名ハタシカナレド当時ノ事ナレバ態カカズ又近キ比
法勝寺ノ九重ノ塔イカヅチノ火ノ為ニヤケ侍シ時
カノ寺ノ執行コレヲ見テ悲ニタエズ絶入テ其日ノ
中ニ命オハル事ハ皆人アマネクシレリ。是法滅ノ
菩提心ノツヨク発ルナルベシ。カカレハ今ノ世マデモ
善悪ニ付テ心ノオコル事カクノゴトシ。イカカ仏道ヲ
ネカハンニ至テ世ノ末ト卑下ノ心ヲ可起シカノミ
ナラズ。男女ニ愛著シテ命ヲ捨。勝他名聞ノ為ニ
肝胆ヲクダク様ナンドハ末代トテ熾盛ナラスヤ
ハ。見ヘタル事ノタヨリニハ奕打トイフ者共ノ集テ/n16l
双六ウツヲ聞ケバ夜モイネズ昼モ立去事モナク。
七八日ナド片時モヤスマズ其間ノ身ノクルシサ心ヲ
クタク様タトヘテイハン方ナシ。サレド貪欲勝他ノ
心ノ切ナル身力ニテ自ラ心ヲヤシナフ方モアルニヤ。
目モツブレズ腰モスクマズ。限アレバ彼ノ大施太子ノ如
意珠給ヒケム志モカク計コソハトゾ見ユル。又功ヲ
ツミテ不思議ヲアラハセル事ヲイハハ。田楽猿楽
ナンドノ中ニ。刀玉トイヒテ。アヤウキワザスル者アリ。
是ヲ見レバ刀六ヲ三人シテトル。宗ト上手ナル者
ヲハ中ニタテテ前ニムカヘル者一人後ノ方ニ一人各/n17r
カタナ三ヲ持テ前後ヨリ我オトラジト早ナゲ
カクルヲ中ニテ前ヨリ投ルヲ取テウシロヘナゲヤリ。
後ヨリナクルヲバ前サマヘナゲヤル。惣テ六ノ刀猶
トカクサバキヤル様凡夫ノシワザトモ覚ヘズ。人伝
ニキカバ信ズベクモアラヌ事ナリ。是ハ又不思議ニ
アラズ。偏ニ功ヲツメルカ至ス所也。モシ功徳ノ為ニ
カク功ヲツミ勇猛精進ノ心ヲオコサンニハ現身ニ
三昧ヲモ得ツベシ。ウツツニ仏菩薩ヲモ見奉ルベシ。
ヨシナキスサヒニハ。カク心ヲ入レト善根トイヘバユ
ルク懈怠ナルナリ。中ニモ阿弥陀仏ノ悲願ハナヲザ/n17l
リナル事ハ諸仏ノ捨給ヘル五逆ノ悪人ヲモタスケント
チカヒ給ヘレバ。昔モ今モ智アルモ智ナキモ貴賤道
俗老少男女ヲヱラバズ往生スルタメシ耳ニ満眼ニサヘ
ギリ。聞トモ信セズ。見ドモタウトマス。只末世ノ我等
カ分ニ非ストノミモテハナレテ。或ハ宿善トモイヒ或ハ
天魔ノシワザナンドイヒツツ。行者ノハゲミト仏ノ願
力トヲバ我モ信ゼス人モ退心ヲ発サスルハ。イト心ウ
キ事ナリ。カク賢ク尊キカト思ヘバ。サキノ世ノ業
報サダマリテ得カタキ福祐ヲハイカニセント火水ニ
入ゴトク仏神ニイノリサハギ。昼夜ニ走リ求ムセンハ只/n18r
フカク無明ノ酒ニタブラカサレテ正念ヲウシナヘルナ
ルベシ/n18l
1)
「ことかは」底本「コトハ」。諸本により訂正
2)
「さへぎれり」は底本「さへぎり」。諸本により訂正
text/hosshinju/h_hosshinju8-07.txt · 最終更新: 2017/08/10 16:35 by Satoshi Nakagawa
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