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発心集

第八第6話(94) 長楽寺の尼、不動の験を顕す事

校訂本文

近ごろ、南都に僧ありけり。年ごろ、三尺の不動尊を本尊として、朝夕行ひけるほどに、ある時、行法の間に、目をふさぎて念誦(ねんじゆ)するほどに、この本尊失せ給ひて、ただむなしき座ばかり残れり。

あさましく、めづらかに思えて、さまざまに疑ひをなす。「もし、これ魔のしわざか。もしは、わが不信・懈怠にて、仏意にかなはぬか」など、ひとかたならず心をくだき、悲しみをなすほどに、しばしありて、見奉れば、ただもとの様にておはします。とにかくに、心得がたく思ふほどに、その後、かく失せ給ふこと、たびたびになりにけり。

たちまちに沐浴し、ことに潔斎して、七日が間信をいたして、三時の行法をして、このことを祈り奉るほどに、夢に見るやう、本尊の御前にて、うつつに見るがごとく、このことを怪しみ疑ふ間に、本尊告げてのたまはく、「なんぢ、このこと驚くべからず。この二十余年、われを頼みて、臨終の魔障を祈る者あり。これを助けんがために、時々行き向ふなり」とのたまふ。僧、夢の内に答へ奉りいていはく、「いづれの所に、誰と申す人ぞ」。答へてのたまはく、「北京東山の辺に、長楽寺といふ所に、唯蓮房といふ尼これなり。終り近くなりたれば、今二・三年は、なほなほ時々行き向ふべきなり」とのたまふと見て、夢覚めぬ。

この僧、不思議の思ひをなして、涙を流して、やがて長楽寺へ尋ね行きて、「しかじかの尼やある」と問ふに、さだかにありけり。まさしく、その庵に至りて見れば、戸引き立てて、人もなし。隣の人の教へけるままに、雲居寺に至りて、尋ね合ひて、まさしく対面(たいめん)したりける。

まづ、このことをば言はず、物語などして、「後の世の勤めには、何ごとをかはし給ふ」と問ふ。尼の言ふやう、「念仏のほかには、さらに勤むることなし」と言ふ。なほなほ、強ひて細かに問ひける時、「この廿年ばかり、不動の慈救呪(じくじゆ)をこそ、毎日二十一返満てて、臨終正念ならんことを祈り侍る」と言ふ。僧、このことを聞きて、「まことには、ゆゑなく尋ね詣で来たるにはあらず」とて、ありし様を始めより語りければ、尼も涙を押さへつつ、「頼もしく、貴きことなり」と悦びて、互ひに一仏土の契りを結びてなむ去りにけり。

その後は、いくほどもなくて、この尼、重き病を受けたり。あたりの人、生きがたき由を言ひて、さまさまとぶらひけるに、「今年は死に侍るまじ。明年二月十五日にこそ、まかり隠るべき日にて侍る」と答へけるほどに、そのたびは生きぬ。明くる年の二月十五日、未の時に、病もなく、終り正念にて、不動の印を結びて、端座して息絶えにけり。

この尼は、長楽寺に庵を結びたりけれど、居ることもなし。雲居寺の念仏の衆になりて、常にはかの寺にのみ住みて、念仏よりほかのいとなみなかりけり。すべて人に逢ひて、こまやかに物語し、うち笑ふことなどもなし。ほとんどはしたなき様になん、あひしらひける。

この十余年がさきのことなれば、みな人、見聞けることなり。「かの奈良の僧の名も、すなはち覚え侍りしかど、忘れにけり」とぞ、ある人語り侍りし。

末世なれど、信じ奉る人のためには、かかる不思議も侍りけるなり。道心なき人の習ひにて、わが心のつたなきをば知らず、万の科(とが)を世の末におほせて、むなしく退心を発(おこ)すは、愚かなることなり。

翻刻

  長楽寺尼顕不動験事
近来南都ニ僧アリケリ。年来三尺ノ不動尊ヲ本
尊トシテ。朝夕オコナヒケル程ニ。或時行法ノ間ニ目
ヲフサギテ念誦スルホドニ此本尊ウセ給テ。只ムナ
シキ座バカリ残レリ。アサマシクメツラカニ覚テ。サマ
様ニウタガヒヲナス。若是魔ノシワザカ。若ハ我不信
懈怠ニテ仏意ニカナハヌカナド。一方ナラズ心ヲク/n13r
タキ悲ヲナス程ニ。シバシアリテ見奉レハ。只モトノ様
ニテオハシマス。トニカクニ心得ガタク思フ程ニ其後カ
クウセ給事度々ニ成ニケリ。乍ニモクヨクシ殊ニ潔
斎シテ七日カ間信ヲイタシテ三時ノ行法ヲシテ此
事ヲ祈タテマツル程ニ。夢ニ見ル様本尊ノ御前ニテ現
見ルカ如ク此事ヲアヤシミ疑フ間ニ本尊告テノ給
ハク。汝此事ヲトロクベカラズ。此廿余年我ヲ憑ミテ
臨終ノ魔障ヲ祈者アリ。是ヲタスケンカ為ニ時々
行ムカフナリトノ給フ。僧夢ノ内ニ答ヘ奉テ云ク。イヅ
レノ所ニ誰ト申人ゾ。答テノ給ハク北京東山ノ辺ニ/n13l
長楽寺ト云所ニ唯蓮房ト云尼是也オハリ近ク成
タレハ。今二三年ハ尚々時々行ムカフベキナリトノ給フ
ト見テ夢サメヌ。此僧不思儀ノ思ヲ成テ涙ヲナガ
シテ軈テ長楽寺ヘ尋ユキテ。シカシカノ尼ヤアルト問
ニ。サダカニアリケリ。マサシク其菴ニイタリテ見レバ。
戸ヒキタテテ人モナシ。隣ノ人ノ教ヘケルママニ雲居
寺ニイタリテ尋合テマサシク対面シタリケル。マヅ
此事ヲバイハズ物語ナトシテ。後世ノツトメニハ何事
ヲカハ。シ給ト問フ。尼ノ云様念仏ノ外ニハ更ニ勤事ナ
シト云。猶々シヰテ細カニ問ケル時此ノ廿年バカリ不/n14r
動ノ慈救呪ヲコソ毎日廿一返ミテテ臨終正念ナ
ラン事ヲ祈侍ト云。僧此事ヲ聞テ実ニハ故ナク尋
マウテ来ニハ非ストテ。有シ様ヲハジメヨリ語ケレバ
尼モ涙ヲ押ヘツツ。タノモシクタウトキ事ナリト
悦ヒテ互ニ一仏土ノ契ヲ結テナムサリニケリ。其
後ハイクホドモナクテ此尼ヲモキ病ヲウケタリ。
アタリノ人イキガタキ由ヲ云テ。サマサマ訪ヒケルニ。
今年ハ死ニ侍マジ明年二月十五日ニコソ罷カク
ルベキ日ニテ侍ト答ヘケル程ニ。其タビハイキヌ。明ル
年ノ二月十五日未時ニ病モナク。オハリ正念ニテ/n14l
不動ノ印ヲ結ビテ端座シテイキ絶ニケリ。此尼ハ長
楽寺ニ菴ヲムスビタリケレド。居ル事モナシ雲居
寺ノ念仏ノ衆ニ成テ常ニハ彼寺ニノミ住テ念仏
ヨリ外ノイトナミナカリケリ。スベテ人ニ逢テコマ
ヤカニ物語シ打笑フ事ナドモナシ。殆ハシタナキ様
ニナンアヒシラヒケル。此十余年カサキノ事ナレバ
皆人見キケル事ナリ。彼奈良ノ僧ノ名モスナハチ
覚ヘ侍シカド。忘レニケリトゾ。或人カタリ侍シ。末
世ナレド信シ奉ル人ノ為ニハカカル不思儀モ侍ケ
ルナリ。道心ナキ人ノ習ニテ我心ノツタナキヲバ/n15r
不知万ノ科ヲ世ノ末ニオホセテ。ムナシク退心ヲオ
コスハ愚ナル事也/n15l
text/hosshinju/h_hosshinju8-06.txt · 最終更新: 2017/08/10 13:50 by Satoshi Nakagawa
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