Recent changes RSS feed

発心集

第七第13話(88) 斎所権介成清の子、高野に住む事

校訂本文

尾張国中島郡に、斎所の権介成清といふ者あり。かの国にとりて豊かなる者なり。子、あまたある中に、嫡子にて、若き男ありけり。田舎の習ひなれば、狩・漁(すなどり)をこととして、さらに因果の理をも知らず。

一年(ひととせ)、東大寺の大仏供養の年、二十二・三ばかりにて、父母にあひ具して詣でたりける時、さるべきにやありけん、心の中に強く道心発(おこ)して、「いかで身をなきものになして、思ふさまに仏道を修行してしがな」と思ひければ、父母、さらに許さず。「このたびは、いかにもかなはじ」と思ひければ、その気色、色にも出ださず、もて隠して、本国へ帰り下りにけり。

その後、日ごろ経て、さるべき隙(ひま)をはからひつつ、一人京へ上りぬ。また、すなはち仏の上人1)のもとへ至りて、頭(かしら)おろさん由(よし)、聞こえければ、「誰人ぞ。いかなることによりて、世を遁(のが)れんとは思ひ立たれたるぞ。年も若くいます」。あやしく、疑はれければ、「まことにさぞ思すらん。これは、しかじかの者に侍り。さきに参りて侍りし時、申すべく侍りしかども、その時は、かたがた妨げ多くて、遂げがたく侍りしかば、国に下りて後、立ち帰り、わざと一人上り侍るなり。身にとりては、ことごとも侍らず。親豊かなれば、心にかなはぬこともなし。資財もあり、田園もあり。去りがたき妻子を持ちて、かたがた思ひ立つべき身にも侍らねども。世の無常を思ふに、『なにごともよしなし』と思ひ侍れば、『ただ身命を仏道に投げて、仏の悲願をたのみ奉らんばかりこそ、かしこからめ』と、二心なく思ひ立ちて侍り」と言ふ。

聖、ことのありさまを聞き、涙を落しつつ、「いといとありがたきことなり。これらに弟子と名付けたる聖、その数侍れど、すずろに世を捨てたる人はなし。あるいは、主君のかしこ まりを蒙り、あるいは世の過ぎがたきことを愁へ、あるいはかなしき妻におくれ、あるいは司位(しゐ)につけて世を恨みなど、さまざま心にかなはぬを、それをついでとしてのみこそ、世を捨つる習ひにて侍れば、そのこと忘れなん後は、『道心もいかが』とあやうく侍るを、聞くがごとくならば、発心にこそ、仏も必ずあはれとかなしみ給ふらめ。いといとありがたきことなり」とて、頭おろさんと、かくて烏帽子を取るほどに、髪のはらはらと乱れかかるを見て、あやしくてゆゑを問ふ。語りていはく、「田舎より上り侍りし時、『もし、思ひ返すこともや侍らん』と、わが心の疑はしく思えて侍りしかば、かれにてなむ、髻(もとどり)を切つて侍る」と言ふに、いとど心のなほざりならぬことを知りぬ。

すなはち、頭おろして後、かの弟子の聖どもに交はりて、三年ばかりやありけん、昼は、瓦を運び、石を持ち、材木を引くこと、時の間も休まず。夜は、出家したる日より、さらにうち臥すことなし。夜もすがら念仏を唱へて、西に向ひて、居ながら夜を明かす。大方、露の間もいとま惜しうすれば、人と物語などすることもなし。食ひ物・着る物はあるにしたがふ。さらに身命を惜しむことなし。ただ、寝ても覚めても、心には西方をかけたり。

聖、ありふるままに、このありさまを見るに、ありがたく、尊く思され、勧めていはく、「朝夕、仏道のために身を苦しうせらるるも、大きなる結縁なれど、なほ心をしづめ、身をやすくして、あくまで念仏せんにはしかじ。高野に新別所といふ所あり。すなはち、われ、はじめ居ける所なり。もとより法界の地なる上に、不断念仏を唱へて、一片に往生極楽を願ふよりほかに、ほかのいとなみなし。しかれば、ここに多かる聖の中に、もし道心ありと見ゆる人をば勧めて、必ずかの念仏衆に入るるなり。はやく、その衆につらなりて、念仏の功を積まれよ」と、いさめられければ、「まことに、かくも侍るべけれど、凡夫の口惜しさは、女なんど見ゆれば、『妻のごとし』と思ひ出らるること侍り。幼き子どもの侍るときは、これを見るにつけても、『わが子もかくや』と忘れがたく侍るも、いとよしなし。山深き所に住みなば、思ひもなくて、いとよく侍るべし。ただし、入るとし入りなば、また帰ることはさらにつかまつるまじ。踈くなり奉らんことこそ、心細く侍れ」と言ひながら、高野へ登りけり。かくて、かの往生院の二十四人の中にて月日を送るありさま、ありしよりもことなり。

田舎には、この人を失なひて、父母・妻子ども、みな肝心を惑はし、当国・隣国至らぬくまなく、足手を分かちつつ、尋ね求むれど、いづくにかあるらん、「たとひ、命尽きて、むなしきからとなりたりとも、今一度その形(かたち)を見ん」と、歎き悲しむ様、ことはりにも過ぎたり。はてには、国の中ゆすり満ちて、見聞く人、涙を落さぬはなかりけり。

とかく言へど、かひなくて月日を送る間に、世の中に隠れなければ、ほど経て後なむ、出家せしこと聞こえたりける。つひに、「高野にこそ住むなれ」と聞きて、泣く泣く消息(せうそく)しけり。

「さしも浅からず思ひたりける道なれば、そむかんことはいふにも及ばず。文一つだにも書き置かずして、むなしく親の心を惑はせることなむ、いと恨めしけれど、さて、いかがはせん。心をかへて思ふには、また、罪さり所、無きにしもあらず。この国にも山寺多かり。近てだに聞かまほしきを、かくして、雲を隔てたるさかひにかけ離れたることこそ、いと本意(ほい)なく」など、さまざまに書きやれど、さらになびくにもあらず。

かねて、父母なむ、わざと京へ上りて、高野の麓に天野といふ所に詣でて、そこに呼び出だして、対面(たいめん)したりける。その時、心の中、おろかならんや。

若く盛りなりし形(かたち)は、見しものともなく痩せ黒みて、ぼろぼろとある布小袖など、昔仮(かり)にだに見ざりし姿なれば、目も暗れ、胸もふたがりて、とみにもの言はれず。とばかりためらひつつ、さまざま日ごろ思ひつめたることども、泣く泣く言ひ知らすれども、言葉少なにて、はかばかしくものも言はず。

ただ、「この山へまかり入りし時、『また帰り出でじ』と思ひかため侍りしかど、暇(いとま)を申さずして、家を出でて侍りしことの罪さりがたくて、また立ち戻り候ひつれども、あらぬ心にて、かく出で侍るなり。今より後は、たとひ御尋ね候ふとも、いささかもこれまで出づること、つかまつるまじ。されば、今はこればかりなむ限りにて侍るべし。われを見まほしく思さば、心を発(おこ)して仏道を願ひ給へ。この世にては、たとひ思ふばかり添ひ奉りたりとも、いつまでか見奉らん。われも人も、おくれ先き立つ習ひ、遁れがたければ、せんなく侍るべし」と、つれなく答へて、帰り登りにけり。

妻はそこまで上りけれど、面を向くべくも思えざりければ。物のはざまより、わづかにのぞきて、忍びもあへず、よよと泣きけり。父母、姿を見ざりし時よりも、なかなか悲しく思えて、泣く泣く帰り下りにけり。

さて、国よりさまざま物ども沙汰し、登せたりける返事には、「これはいることも侍らねど、『御ため、罪ほろぶる縁(えん)とかならん』と思ひ給へて、念仏衆に分け侍るべし。ただ、『とくして、浄土へ参らん』と思ふ心のみ深く侍れば、日にそへて、命のみこそいと悲しく侍れ。ゆめゆめ、かりそめの身をいたはしくな思しそ」とぞ言ひける。

まことに、着物・食ひ物の類、結衆に分かつのみにあらず、貧人見ゆれば、みな与へて、わがために残すことなし。親の沙汰にて、三間なる坊を作りてすゑたりけれど、居所ほしがる人のありけるをすゑて、わが身は定れる栖(すみか)なし。

日ごとに湯を沸かせども、これを浴みず。年月経れども、ものを洗ふことなし。破れぬれば捨つ。ただ、朝夕、仏の来迎を心にかけて、ことにふれて無常を思ふよりほか、さらに他事に心をかけず。

もし、人のもとに行く時は、泥踏める足にて、筵・畳を踏む。はばかることなし。人とがむれば、「不浄はおのおの身の内にあり。何ぞ、顕はれたるをのみ厭はんや」と言ふ。

かの所の習ひにて、結衆の中に先立つ人あれば、残りの人集まりて、所の大事にて、これを葬るわざしけれど、この聖のありけるほどは、さらに人々にいとなませず。ただ、一人引き隠して、木をこりて葬る。骨拾ひて、とかくして、われ一人2)ねんごろに心を入れたるさま、父母を葬するがごとし。

この所に住みそめけるより、奥の院へ入堂すること、日ごとに欠かず。その間、雨風霜雪をためらふことなし。蓑笠用意するほどのかまへだになければ、雨降れば、さながら濡れ、また、雪降れば、凍(い)て氷る。さらにこれをこととせず。

ある人いはく、「浄土を願はんには、身を全くして、念仏の功を重ぬべし。何のゆゑにか、身命をいたはらざらん」。答へていはく、「世は末世なり。身は凡夫なり。今、たまたま心発(おこ)せり。この心さめざらん先に、往生を遂げんと思ふ。このゆゑに、身命を惜しまず」と言ふ。聞く人、かつはかなしみ、かつは貴むこと限りなし。

かくて、出家して後、七・八年やありけん。かねて死期(しご)を知りて、こと病もなく、臨終思ひのごとく、念仏の声絶えずして、居ながら終りにけり。

今の世のことなれば、かの別所に知らぬ人なし。

翻刻

  斉所権介成清子住高野事
尾張国中嶋郡ニ斉所ノ権介成清ト云者アリ。彼国/n29l
ニ取テ豊ナル者ナリ。子アマタ有中ニ嫡子ニテ若
キ男アリケリ。田舎ノ習ナレハ狩スナドリヲ事
トシテ。更ニ因果ノ理ヲモ不知。一年東大寺ノ大
仏供養ノ年二十二三計ニテ父母ニ相具シテ詣タ
リケル時。サルベキニヤアリケン。心ノ中ニツヨク道心発
テ。イカデ身ヲナキ物ニナシテ思サマニ仏道ヲ修
行シテシガナト思ケレバ父母更ニユルサズ。此度ハイ
カニモ叶ジト思ヒケレバ其気色イロニモ不出モ
テカクシテ本国ヘ帰リ下ニケリ。其後日来経テ
サルベキ隙ヲハカラヒツツ独京ヘ上リヌ。又即大/n30r
仏ノ上人ノ許ヘイタリテ頭ヲロサン由聞ヘケレバ誰人
ゾイカナル事ニヨリテ世ヲ遁ントハ思タタレタルソ。
年モ若クイマス。アヤシク疑ハレケレバ実ニサゾ覚
スラン。是ハシカシカノ者ニ侍リ。サキニ参テ侍シ時。
申ベク侍シカドモ其時ハカタカタ妨多テ遂カタ
ク侍シカハ。国ニ下テ後立帰態ヒトリ上リ侍ナリ。
身ニ取テハ殊事モ侍ラズ。親ユタカナレバ心ニ叶ハヌ事
モナシ資財モアリ田園モアリ。サリガタキ妻子ヲ持
テ旁々思タツベキ身ニモ侍ネドモ。世ノ無常ヲ思ニ
何事モヨシナシト思侍バ。只身命ヲ仏道ニ投テ仏/n30l
ノ悲願ヲ憑タテマツラン計コソ賢カラメト。二心ナク思
立テ侍ト云。聖事ノ有様ヲ聞涙ヲ落シツツイトイト
アリガタキ事ナリ。此等ニ弟子ト名付タル聖ソノ
数侍レド。ススロニ世ヲ捨タル人ハナシ。或ハ主君ノカシコ
マリヲ蒙。或ハ世ノスキガタキ事ヲ愁ヘ或ハ悲キ妻
ニヲクレ。或ハ司位ニ付テ世ヲウラミナド様々心ニカ
ナハヌヲ其ヲ次トシテノミコソ世ヲ捨ル習ニテ侍
レバ。其事ワスレナン後ハ道心モイカカトアヤウク
侍ヲ。聞ガコトクナラハ。発心ニコソ仏モ必哀ト悲
給ラメ。イトイト難有事ナリトテ頭ヲロサント。カク/n31r
テ帽子ヲトル程ニ髪ノハラハラト乱レカカルヲ見テ。ア
ヤシクテ故ヲ問。語テ云田舎ヨリ上リ侍シ時若
思返ス事モヤ侍ラント我心ノウタガハシク覚ヘテ
侍シカバ。カレニテナムモトドリヲ切テ侍ト云ニイト
ト心ノナヲザリナラヌ事ヲシリヌ。即カシラヲロシテ
後彼弟子ノ聖トモニ交リテ三年バカリヤ有ケン昼
ハ瓦ヲハコビ石ヲ持材木ヲ引事時ノ間モヤスマズ。夜
ハ出家シタル日ヨリ更ニ打フス事ナシ。夜モスガラ念
仏ヲ唱ヘテ西ニ向テ居ナガラ夜ヲ明ス。大方露ノ
間モイトマオシウスレバ人ト物語ナドスル事モナシ。/n31l
食物キル物ハアルニ随フ。更ニ身命ヲ惜ム事ナシ。只
ネテモサメテモ心ニハ西方ヲカケタリ。聖アリフルマ
マニ此有様ヲ見ニ難有尊クオボサレ進テ云朝
夕仏道ノ為ニ身ヲ苦シウセラルルモ大ナル結縁ナ
レド尚心ヲシツメ身ヲヤスクシテ。アクマテ念仏セ
ンニハシカジ。高野ニ新別所ト云所アリ。則我ハジメ
居ケル所ナリ。自元法界ノ地ナル上ニ。不断念仏ヲ
トナヘテ一片ニ往生極楽ヲ願ヨリ外ニ他ノイト
ナミナシ。然者此ニ多カル聖ノ中ニ若道心アリト見ユ
ル人ヲハ勧テ必ス彼念仏衆ニ入也。早其衆ニツラ/n32r
ナリテ念仏ノ功ヲツマレヨトイサメラレケレバ。実ニ
カクモ侍ルベケレト凡夫ノ口惜サハ。女ナンド見ユレ
バ妻ノ如ト思出ラルル事侍オサナキ子トモノ侍
トキハ是ヲ見ルニツケテモ我子モカクヤト忘ガタ
ク侍ルモ最ヨシナシ。山深キ所ニ住ナバ思モナク
テイト能侍ベシ。但入トシ入ナバ又帰ル事ハ更仕ル
マジ。踈ナリ奉ラン事コソ心細ク侍レト云ナガラ高
野ヘ登リケリ。カクテ彼往生院ノ廿四人ノ中ニテ
月日ヲ送ルアリサマ在シヨリモコトナリ。田舎ニハ此
人ヲウシナヒテ父母妻子ドモ皆肝心ヲマドハシ/n32l
当国隣国イタラヌ隈ナク足手ヲワカチツツ尋求
レトイツクニカ在ラン。縦命ツキテ空キカラト成タ
リトモ今一度其形ヲ見ント歎キ悲ム様コトハリニ
モ過タリ。ハテニハ国ノ中ユスリミチテ見聞人涙ヲ
ヲトサヌハ無リケリ。トカク云ドカヰ無テ月日ヲ
送ル間ニ。世ノ中ニ隠ナケレバ程ヘテ後ナム出家セ
シ事聞ヘタリケル。ツヰニ高野ニコソ住ナレト聞テ泣
泣消息シケリ。サシモ浅カラズ思タリケル道ナレハ。
ソムカン事ハ云ニモ及バズ。文一ツダニモ書ヲカズシテ
空ク親ノ心ヲマドハセル事ナム最ウラメシケレド/n33r
サテイカカハセン。心ヲカヘテ思ニハ又罪サリ所ナキニシ
モアラズ。此国ニモ山寺オホカリ。近テダニ聞マホシ
キヲ。カクシテ雲ヲ隔テタル堺ニ懸離レタル事コソイ
ト本意ナクナド様々ニ書ヤレド。更ニナビクニモ非ス。
兼テ父母ナム態京ヘノボリテ高野ノ麓ニ天野ト云
所ニ詣テソコニ呼出テ対面シタリケル。其時心ノ中
ヲロカナランヤ。若クサカリナリシ形ハ見シ物トモ無
ヤセクロミテ。ホロホロトアル布小袖ナド昔カリニダニ
見ザリシ姿ナレバ。目モクレ胸モフタカリテ。トミニ物
イハレズ。トバカリタメラヒツツサマサマ日来思ツメタル/n33l
事トモ泣々云知スレドモ詞スクナニテハカハカ敷物
モイハズ。只此山ヘ罷入シ時又帰出ジト思カタメ侍
シカド。暇ヲ申サズシテ家ヲ出テ侍シ事ノ罪サリ
ガタクテ又立モドリ候ヒツレドモ。アラヌ心ニテカ
ク出侍ナリ。今ヨリ後ハタトヒ御尋候トモイササカ
モ是マテ出事仕ルマジ。サレハ今ハ是ハカリナム限ニテ
侍ベシ。我ヲ見マホシクオボサバ。心ヲ発シテ仏道ヲネ
カヒ給ヘ。此世ニテハ縦思フバカリソヒ奉タリトモ。イツ
マデカ見奉ン。我モ人モヲクレ先立ナラヒ遁ガタケレ
ハセンナク侍ベシトツレナク答テ帰リ登ニケリ。妻/n34r
ハソコマデ上リケレド。面ヲ向ベクモ覚ヘザリケレバ。
物ノハザマヨリ僅ニノゾキテ忍モアヘズヨヨト泣ケ
リ。父母スカダヲ見ザリシ時ヨリモ。中々カナシク
覚ヘテ。泣々帰リ下ニケリ。サテ国ヨリサマサマ物ド
モ沙汰シ登セタリケル返事ニハ。是ハ入事モ侍ラ
ネド。御為罪ホロブル縁トカナラント思給テ念仏
衆ニ分侍ベシ。只トクシテ浄土ヘ参ラント思フ心ノミ
深ク侍レバ。日ニソヘテ命ノミコソイト悲ク侍レ。努々
カリソメノ身ヲイタハシクナオボシソトゾ云ケル。実ニ
キ物クヰ物ノ類結衆ニ別ツノミニ非ス。貧人見レバ/n34l
皆アタヘテ我為ニノコス事ナシ。親ノ沙汰ニテ三間
ナル坊ヲ作テスヘタリケレド。居所ホシガル人ノアリ
ケルヲ居テ。我身ハ定レル栖ナシ。日ゴトニ湯ヲ沸セ
ドモ是ヲアミズ。年月フレドモ物ヲ洗フ事ナシ。ヤ
レヌレハ捨ツ。只朝夕仏ノ来迎ヲ心ニカケテ。事ニ触
テ無常ヲ思ヨリ外更ニ他事ニ心ヲカケズ。若人ノ
許ニ行トキハ泥フメル足ニテ筵畳ヲフム。憚事ナ
シ。人トガムレバ不浄ハ各身ノ内ニアリ。ナンゾ顕レタル
ヲノミイトハンヤト云。彼所ノ習ニテ結衆ノ中ニサ
キタツ人アレバ。残ノ人アツマリテ。所ノ大事ニテ是ヲ/n35r
葬ワザシケレド。此聖ノアリケル程ハ更ニ人々ニイト
ナマセズ。只独引カクシテ。木ヲコリテ葬ル骨拾テ
トカクシテ我人モ念比ニ心ヲ入タルサマ父母ヲ葬
スルガ如シ。此所ニ住ソメケルヨリ。奥院ヘ入堂スル事
毎日ニカカズ。其間雨風霜雪ヲタメラフ事ナシ。蓑
笠用意スル程ノカマヘダニナケレバ。雨フレバサナカラ
ヌレ。又雪フレハヰテ氷ル。更ニ是ヲ事トセズ。或人云
浄土ヲ願ハンニハ。身ヲ全クシテ念仏ノ功ヲカサヌベ
シ。何故ニカ身命ヲイタハラザラン。答云世ハ末世ナ
リ。身ハ凡夫ナリ。今適心ヲコセリ。此心サメザラン/n35l
先ニ往生ヲ遂ント思フ。此故ニ身命ヲ惜ズト云フ。
聞人且ハカナシミ。且ハタウトム事カギリナシ。カクテ
出家シテ後七八年ヤアリケン。兼テ死期ヲシリテ
殊病モナク臨終思ノゴトク念仏ノ声タヘズシテ
居ナガラ終リニケリ。今ノ世ノ事ナレバ。彼別所ニシ
ラヌ人ナシ

発心集第七/n36r
1)
俊乗坊重源
2)
底本「我人モ」。諸本により訂正
text/hosshinju/h_hosshinju7-13.txt · 最終更新: 2017/08/03 17:47 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
Recent changes RSS feed Driven by DokuWiki

yatanavi.org ©2004-2017 Satoshi Nakagawa