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text:hosshinju:h_hosshinju7-07
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text:hosshinju:h_hosshinju7-07 [2017/07/24 13:32] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +発心集
 +====== 第七第7話(82) 三井寺の僧、夢に貧報を見る事 ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +中ごろ、三井寺にわりなく貧しき僧ありけり。
 +
 +思ひわびて思ふやう、「かくゆかりのなきなめり。かくしも思ふことの違ふべきかは。われ、外(ほか)へ行て宿世をも試みん」と思ひて、昼などは旅姿もあやしければ、暁出で立つほどに、夜深く起き、「道のほどもわづらはしかるべし」とて、しばし寄り臥したる夢に、色青み、痩せ衰へたる、わびしげなる冠者、われと同様に藁沓(わらぐつ)履きなど用意し、いみじう出で立つあり。
 +
 +さきざきも見えぬ者なれど、あやしくて、「おのれは何者ぞ」と問ふ。「年ごろ候ふ者なり。いつも離れ奉らぬ身なれば、御伴(とも)申し候はんとて、出で立ち侍る」と言ふ。僧の言ふやう、「さる者やはある。名をば何と言ふぞ」と問へば、「人々しき身ならねば、異名(いみやう)侍り。ただうち見る人は、『貧報(びんぼう)の冠者(くわじや)』となむ申し侍る」と言ふと見て、夢覚めぬれば、すなはち、身のつたなき宿世を知り、「いづくへ行とも、この冠者が添ひたらんには」と思ひて、外心(ほかごころ)改めて、あやしながら、もとの寺にぞ
 +住みける。
 +
 +これ、またしもあるべきことなれど、人ごとに夢にも見ねば、宿世のほどをも知らず。いくばくもあるまじき身の、あたら暇(いとま)に後世のことをさし置いて、まづ、「もしや、もしや」と走り求め、心を尽すなるべし。仏天の知見こそ、いと恥かしく侍(はんべ)れ。
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +    三井寺僧夢見貧報事
 +  中比三井寺ニワリナク貧キ僧アリケリ。念ヒワビ
 +  テ思フ様此所縁ノナキナメリ。カクシモ思事ノ違ヘ
 +  キカハ。我外ヘ行テ宿世ヲモ試ト思テ。ヒルナドハ旅
 +  スガタモアヤシケレバ。暁出立ホドニ夜フカク起道ノ
 +  程モワヅラハシカルベシトテ。シバシヨリフシタル夢ニ
 +  色アヲミ痩ヲトロヘタルワビシゲナル冠者我ト同
 +  様ニワラグツハキナド用意シ。イミジウ出タツアリ。/n18l
 +
 +  サキサキモ見ヘヌ物ナレドアヤシクテ。ヲノレハ何者ゾト
 +  問フ。年来候モノナリ。イツモ離レ奉ラヌ身ナレバ。
 +  御伴申候ハントテ出立侍ト云。僧ノ云様サル物
 +  ヤハアル。名ヲハ何ト云ゾト問ヘバ。人々シキ身ナラネ
 +  バ異名侍リ。只ウチ見ル人ハ貧報ノ冠者トナム
 +  申侍トイフト見テ。夢サメヌレバ即身ノツタナキ
 +  宿世ヲシリ。イヅクヘ行トモ此冠者ガソヒタランニ
 +  ハト思テ。外心改タメテ。アヤシナガラ本ノ寺ニゾ
 +  住ケル。是又シモアルベキ事ナレド。人ゴトニ夢ニモ
 +  見ネバ宿世ノホドヲモ知ズイクバクモ有マジキ身/n19r
 +
 +  ノアタラ暇ニ後世ノ事ヲ閣テ先モシヤモシヤト走モト
 +  メ心ヲツクスナルベシ。仏天ノ知見コソイト恥カシク
 +  ハンベレ/n19l
  
text/hosshinju/h_hosshinju7-07.txt · 最終更新: 2017/07/24 13:32 by Satoshi Nakagawa