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発心集

第七第5話(80) 太子の御墓覚能上人、管絃を好む事 付、賢き博士の事 吉田斎宮の事

校訂本文

太子の御墓1)に、覚能といふ聖ありけり。音楽を好むこと、世の常ならず。朝夕にいとなむこととては、板の端(はし)にて、をかしげに琴・琵琶の形(かた)を作りて、馬の尾をかけて弾き鳴らし、竹を切りて、笛の形に彫(ゑ)りて、これを吹きつつ興に入り、遊戯(ゆげ)していはく、「菩薩聖衆の楽の音、いかにめでたかるらん」と言ひて、涙を落しける。

常のいとなみにて、かくのみ作り置きたれば、居たるあたりには、うち散りて、多く見ゆるを、おのづから童(わらはべ)などの手ずさみに取り失ひければ。さすがに腹の悪しきくせにて、ののしりけり。

この聖、年経て後、臨終思ひのごとく、楽の声、耳に聞こえて終りにけり。その後、むなしき骸(から)、久しく乱れ損ずることもなかりけるを、あたりの人、いとど仏のごとく貴み集まりけるほどに、四十九日といふに、その身、いづちともなく失せて、見えずなりにけり。

この五十年ばかりが先のことなれば、年高き人などは、見たるもやあるらん。管絃も、浄土の業と信ずる人のためには、往生の業となれり。

今の世に、徳高く聞こゆる聖あり。人、対面のついでに、その行を問ふ。「何わざを勤めとして、いづれの所を願ひ給ふぞ」と尋ねければ、「さらに、いづくともさして願ふ所なし。ただ、『仏、『なせそ』 と戒め事は、かまへてせじ』と忍びて、『勧め給ふわざをば、心の及ぶほどは勤めばや』と励み侍れば、仏こそはからひて、いづこへもつかひ給はめ。仏の御心にかなはんことも知らず、いかがおほけなく『ここかしこ』と願ひ侍らん」とぞ、答へられける。

この心たけの、仏意にかなひけるにや、終りめでたくて、居ながら息絶えにけり。印を結びたりける手、二・三日はたらかざりけるとぞ。

なべてのきには、大きなる功徳あれども、願ひなければ、成就することかたし。たとへば、「牛の力あれども、やる人なければ、思ふ方(かた)へ至らざるがごとし」と言へり。されど、人の思ひさまざまなれば、一筋に思ひとりて、仏の御はからひを仰(あふ)がんことも、いと貴し。

中ごろ、才(ざえ)賢き博士ありけり。重き病を受けて、限りなる時、善知識来たりて、念仏勧むるに、さらに、ただ年ごろの余執なれば、心なほ風月にのみ染みて、いと思ひも入れぬさまなりければ、この僧、思ひはかりある人にやありけん、念仏の勧めをとどめて、とばかり、これが好む所のことをあひしらふ。

心ゆきて、「さも」と思へる気色を見て言ふやう、「さても、年ごろ多く秀句を作り、いみじき名文どもを書きとめ給へるに。『極楽の賦』といふものを書かで止(や)み給ひぬる。口惜しきことなり。世間の美景を捨てがたきこと多かり。まして、浄土の飾り、いかに風情多からん」と言ひ出だしたりけり。思ひしめたることなれば、極楽の依法(えほふ)、ことごとく見るやうにおもかげに立ちて、心を進むる便りになりて、念仏し、思ひのごとくして終はりける。臨終の善知識は、よくよく心を知るべきことなり。

このことをば、保胤入道2)とぞ、ある人、語りしかど、かれは無極(むごく)の道心者なれば、臨終に他念まじはりけむこと、げにとも思えず。

吉田斎宮3)と申す人おはしけり。御悩重くして限りになり給ひける時、大原の薬忍上人、善知識に参りて、念仏勧め奉りけるほどに、御気色ことのほかにすくよかにて、さまざまの要文を唱へて、めでたく終り給ひにけり。

その時、まぢかく候ふ人々、涙落して貴み奉る。上人、いかが思ひけん、念誦してうち眠りて、早く立ち去らむともせず。誰もあやしく思ふほどに、とばかりありて、生き出で給ひにけり。

さて、二時ばかり過ぎて、先の御気色には似ず、いと弱々しきさまにて、引き入り給ひに けり。「これこそまことの御臨終よ。さて御有様、げにげにしからず」とて、出でられければ、聖の徳にぞ言ひける。魔のかまへたるにこそ。かやうのこと、よく心得べきなり。

またある人、病限りなりける時、善知識添ひ、さて念仏を勧めけれど、いと申さず。いふかひなき様なりければ、「耳もきかずにこそ」とて、耳にさし当てて、高声(かうしやう)になん申しける。「すでに」と見えければ、そのたびはやみ、生きて後に語りけるは、「耳に高く申し入れつる念仏の声、五体にこたへて、堪へがたく思えつるほどに、何の往生極楽のことをも思えず」とぞ語りける。

これは必ずあるべきことなれば、用意のために記(き)す。

翻刻

  太子御墓覚能上人好管絃事/n14r

太子ノ御墓ニ覚能ト云聖有ケリ。音楽ヲ好事
ヨノツネナラス。朝夕ニイトナム事トテハ板ノハシニ
テ。ヲカシゲニ琴琵琶ノカタヲ作リテ。馬ノ尾ヲカ
ケテ引ナラシ。竹ヲキリテ笛ノカタニエリテ此ヲ吹
ツツ興ニイリ遊戯シテ云菩薩聖衆ノ楽ノ音イ
カニメデタカルラント云テ涙ヲ落シケル。常ノイト
ナミニテ。カクノミ作リヲキタレバ。居タル辺ニハウ
チ散テ多ク見ユルヲ。自童ベナドノ手ズサミニ取
失ヒケレバ。サスカニ腹ノアシキ曲ニテノノシリケリ。
此聖年経テ後臨終オモヒノ如ク楽ノ声耳ニ聞/n14l
ヘテ終リニケリ。其後ムナシキカラ久ク乱レ損ズル
事モナカリケルヲ。アタリノ人イトト仏ノ如クタウ
トミ集リケル程ニ。四十九日ト云ニ其身イツチ
トモナク失テ見ヘスナリニケリ。此五十年ハカリ
ガ先ノ事ナレバ年高キ人ナドハ見タルモヤアル
ラン。管絃モ浄土ノ業ト信ズル人ノ為ニハ。往生ノ
業トナレリ。今ノ世ニ徳タカク聞ユル聖アリ。人対
面ノツヰデニ其行ヲ問。ナニワザヲ勤トシテイツレ
ノ所ヲネガヒ給ゾト尋ケレバ。更ニイヅクトモサシ
テ願フ所ナシ。只仏ナセソトイマシメ事ハカマヘテ/n15r
セジト忍ビテ進メ給フワザヲバ心ノ及ホトハ勤メハ
ヤト励ミ侍レバ。仏コソハカラヒテ。イヅコヘモツカヒ給
ハメ。仏ノ御心ニカナハン事モシラズ。イカカヲホケナク
ココカシコト願ヒ侍ントゾ答ヘラレケル。此心タケノ仏
意ニ叶ケルニヤ終リ目出度テ居ナガラ息タエニケリ。
印ヲ結タリケル手二三日ハタラカザリケルトゾ。ナベ
テノキニハ大キナル功徳アレドモ願ナケレバ成就
スル事カタシ。譬バ牛ノ力アレドモ。ヤル人ナケレバ
思フカタヘ至ラザルカ如シト云リ。サレド人ノ思サマサマ
ナレバ一筋ニ思ヒトリテ仏ノ御ハカラヒヲ仰ン事/n15l
モ最タウトシ
中比才賢博士アリケリ。重キ病ヲウケテ限ナル時
善知識キタリテ念仏ススムルニ。更ニ只年比ノ余執
ナレバ。心ナヲ風月ニノミソミテイト思モ入ヌサマナリ
ケレバ。此僧オモヒハカリアル人ニヤアリケン。念仏ノ
ススメヲトドメテ。トバカリ是カ好ム所ノ事ヲアヒシ
ラフ。心ユキテサモト思ヘル気色ヲ見テ云ヤウ。サテ
モ年比オホク秀句ヲ作イミジキ名文ドモヲ書ト
メ給ヘルニ。極楽ノ賦ト云物ヲカカテ止給ヌル口惜
事ナリ。世間ノ美景ヲ捨ガタキ事オホカリ増テ/n16r
浄土ノカザリイカニ風情オホカラント云出シタリ
ケリ。思ヒシメタル事ナレバ極楽ノ依法コトコトク
見ヤウニ。オモカゲニ立テ心ヲ進ルタヨリニナリテ
念仏シ思ヒノゴトクシテ終リケル。臨終ノ善知識
ハヨクヨク心ヲシルベキ事ナリ。此事ヲハ保胤入道
トゾ有人カタリシカドカレハ無極ノ道心者ナレバ
臨終ニ他念マジハリケム事ゲニトモ覚ヘス
吉田斉宮ト申人オハシケリ。御悩オモクシテ限リニ
成給ケル時。大原ノ薬忍上人善知識ニマイリテ念
仏ススメ奉リケル程ニ。御ケシキ事ノ他ニスクヨカニテ/n16l
サマサマノ要文ヲトナヘテ目出度オハリ給ヒニケリ。
其時マヂカク候人々涙落シテタウトミ奉ル。上
人イカカ思ヒケン。念誦シテウチ眠テ早ク立サラ
ムトモセズ。誰モアヤシク思フホドニ。トバカリ有テ
イキ出給ヒニケリ。サテ二時バカリ過テ先ノ御
ケシキニハ似ズ。イトヨハヨハシキサマニテ引入給ヒニ
ケリ。是コソ誠ノ御臨終ヨ。サテ御有様ゲニゲニ
シカラズトテ出ラレケレバ。聖ノ徳ニゾ云ケル。魔ノ
カマヘタルニコソ。カ様ノ事ヨク心得ベキナリ
又或人病カギリナリケル時。善知識ソヒサテ念/n17r
仏ヲススメケレド。イト申サス。云カヰナキ様ナリ
ケレバ。耳モキカズ。ニコソトテ。耳ニサシアテテ高声
ニナン申ケル既ニト見ヘケレバ。ソノ度ハヤミ。イキテ
後ニカタリケルハ。耳ニタカク申入ツル念仏声五体
ニコタヘテ堪ガタク覚ヘツル程ニ。ナニノ往生極楽
ノ事ヲモ覚ヘズトゾカタリケル。是ハカナラズ有ベ
キ事ナレバ用意ノ為ニ記ス/n17l
1)
聖徳太子陵
2)
慶滋保胤
3)
鳥羽天皇皇女妍子内親王
text/hosshinju/h_hosshinju7-05.txt · 最終更新: 2017/07/23 20:41 by Satoshi Nakagawa
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