text:hosshinju:h_hosshinju6-07
差分
このページの2つのバージョン間の差分を表示します。
次のリビジョン | 前のリビジョン | ||
text:hosshinju:h_hosshinju6-07 [2017/06/24 18:25] – 作成 Satoshi Nakagawa | text:hosshinju:h_hosshinju6-07 [2017/06/25 19:45] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa | ||
---|---|---|---|
行 1: | 行 1: | ||
発心集 | 発心集 | ||
- | ====== 第六第6話(68) 侍従大納言、幼少の時、験者改請を止むる事 ====== | + | ====== 第六第7話(69) 永秀法師、数寄の事 ====== |
===== 校訂本文 ===== | ===== 校訂本文 ===== | ||
- | 侍従大納言成通卿((藤原成通))、そのかみ九歳にて、わらはやみし給ひけり。 | + | 八幡別当((石清水八幡宮別当))頼清が遠流(ゑんる)にて、永秀法師といふものありけ |
+ | り。家、貧しくて、心、すけりける。夜昼、笛を吹より外のことなし。かしがましさに耐へぬ隣家(となりいへ)((底本「トナリ家ニ」。衍字とみて「ニ」を削除))、やうやう立ち去りて、後には人もなくなりにけれど、さらにいたまず。さこそ貧しけれど、落ちぶれたるふるまひなどはせざりければ、さすがに、人いやしむべきことなし。 | ||
- | 年ごろ祈りけるなにがし僧都とかやいふ人を呼びて、祈らせけれど、かひなく発(おこ)りければ、父の民部卿((藤原宗通))、ことに歎き給ひて、傍らにそひ居て、見あつかひ給ふ間に、母君と言ひ合はせつつ、「さりとて、いかがはせむ。このたびは、こと僧をこそ呼ばめ。いづれか良かるべき」などのたまひけるを、この児(ちご)、臥しながら聞きて、民部卿に聞こえ給ふ。 | + | 頼清、聞きあはれみて、使やりて、「などかは、何ごとものたまはせぬ。かやうに侍れば、さらぬ人だに、ことにふれて、さのみこそ申し承ることにて侍れ。うとく思すべからず。便りあらんことは、憚らずのたまはせよ」と言はせたりければ、「返す返す、かしこまり侍り。年ごろも、『申さばや』と思ひながら、身のあやしさに、かつは恐れ、かつは憚りて、まかり過ぎ侍るなり。深く望み申すべきこと侍り。すみやかに参りて申し侍るべし」と言ふ。 |
- | 「なほ、このたびは僧都を呼び給へがしと思ふなり。そのゆゑは、乳母(めのと)などの申すを聞けば、まだ腹の内なりける時より、この人を祈りの師と頼みて、生れて、今九つになるまで、ことゆゑなくて侍るは、ひとへにかの人の徳なり。それに、今日この病ひによりて、口惜しく思はんことのいと不便に侍るなり。もし、こと僧を呼び給ひたらば、たとひ落ちたりとも、なほ本意(ほい)にあらず。いはんや、必ず落ちんこともかたし。さりとも、これにて死ぬるほどのことは、よも侍らじ。我を思さば、幾たびもなほこの人を呼び給へ。つひには、さりともやみなん」と苦しげなるをためらひつつ、聞こえ給ふに、民部卿も母上も、涙を流しつつ、あはれに思ひよせたり。 | + | 「何事にか、よしなき情をかけて、うるさきことや言ひかけられん」と思へど、「かの身のほどには、いかばかりのことかあらん」と思ひあなづりて過ごすほどに、あるかた夕暮れに出で来たれり。すなはち出で合ひて、「何ごとに」など言ふ。「浅からぬ所望侍るを、思ひ給へてまかり過ぎ侍りしほどに、一日仰せを悦びて、さうなく参りて侍る」と言ふ。「疑ひなく、所知など望むべきなめり」と思ひて、これを尋ぬれば、「筑紫に御領多く侍れば、漢竹(かんちく)の笛のこと、よろしく侍らん。一つ召して給はらん。これ、身に取りて極まれる望みにて侍れど、あやしの身には得がたき物にて、年ごろえまうけ侍らず」と言ふ。 |
- | 「幼なき思ひばかりには劣りてげり」とて、またのあたり日、僧都を呼びて、ありのままにこの次第を語り給ふ。「隠し奉るべきことに侍らぬ御ことを、おろかに思ふにはあらねども、かれが悩み煩ひ侍る気色を見るに、心もほれて、思されむことも知らず、しかじかのことをうちうちに申すを知りて、この幼なき者のかく申し侍るなり」。涙を押しのごひつつ、語り給ふに、僧都、おろかに思されむや、その日、ことに信をいたしき。泣く泣く祈り給ひければ、きはやかに落ち給ひにけり。 | + | 思ひの外に、いとあはれに思えて、「いといと安きことにこそ。すみやかに尋ねて、奉るべし。その外、御用ならんことは侍らずや。月日を送り給ふらんことも、心にくからずこそ侍るに。さやうのことも、などかは承らざらん」と言へば、「御志はかしこまり侍り。されど、それはこと欠け侍らず。二・三月に、かく帷(かたびら)一つまうけつれば、十月までは、さらに望む所なし。また、朝夕のことは、おのづからあるにまかせつつ、とてもかくても過ぎ侍り」と言ふ。 |
- | この君は、幼なくより、かかる心を持ち給ひて、君につかうまつり、人にまじはるに付けても、ことにふれつつ、情深く、優なる名をとめ給へるなり。すべていみじき数寄人にて、世の濁りに心をそめず、いもせの間に愛執浅き人なりければ、後世も罪浅くこそ見えけれ。 | + | 「げに、数寄者(すきもの)にこそ」と、あはれにありがたく思えて、笛、急ぎ尋ねつつ送りけり。また、さこそ言へど、月ごとの用意など、まめやかなることども、あはれみ沙汰しければ、それがあるかぎりは、八幡((石清水八幡宮))の楽人呼び集めて、これに酒まうけて、日暮らし楽をす。失すればまた、ただ一人、笛吹きて明かし暮らしける。 |
+ | |||
+ | 後には、笛の功積りて、並びなき上手になりけり。 | ||
+ | |||
+ | かやうならん心は、何につけてかは、深き罪も侍らん。 | ||
===== 翻刻 ===== | ===== 翻刻 ===== | ||
- | | + | |
- | | + | |
- | | + | リ。家貧テ心スケリケル。夜昼笛ヲ吹ヨリ外ノ事ナ |
- | | + | |
- | | + | |
+ | | ||
+ | レドヲチブレタル振廻ナドハセザリケレバ。サスガニ人イ | ||
+ | ヤシムベキ事ナシ。頼清聞アハレミテ使ヤリテナドカ | ||
+ | ハ何事モノ給ハセヌ。カヤウニ侍レバサラヌ人ダニ事ニ | ||
+ | フレテサノミコソ申承事ニテ侍レ。ウトクオボスベカラ | ||
+ | ス便アラン事ハ憚ラスノ給ハセヨトイハセタリケレバ。 | ||
+ | 返々カシコマリ侍リ。年来モ申バヤト思惟ナガラ身 | ||
+ | ノアヤシサニ且ハヲソレ且ハ憚リテ罷スギ侍ナリ。深ク | ||
+ | | ||
+ | | ||
- | トイヒ合セツツサリトテイカガハセム此度ハコト僧 | + | ト思ヘド彼身ノホドニハ何バカリノ事カ有ント思ア |
- | | + | |
- | | + | |
- | | + | |
- | | + | 云。疑ナク所知ナド望ベキナメリト思テ是ヲ尋レハ |
- | テ生テ今九ツニ成マデ事ユヘナクテ侍ルハ。ヒトヘニ | + | |
- | | + | |
- | ノイト不便ニ侍ナリ。若コト僧ヲ喚給ヒタラバ。タトヒ | + | |
- | 落タリトモ猶本意ニ非ズ。況ヤ必ズヲチン事モカタ | + | |
- | | + | |
- | | + | |
- | ナント苦ケナルヲタメラヒツツ聞ヘ給フニ。民部卿モ | + | |
- | | + | |
- | | + | |
- | | + | |
- | | + | |
- | | + | |
- | | + | |
- | | + | カキリハ八幡ノ楽人ヨビアツメテ。コレニ酒マウケテ |
- | | + | |
- | | + | シケル。後ニハ笛ノ功ツモリテ並ビナキ上手ニ成ケ |
- | ケリ此君ハオサナクヨリカカル心ヲモチ給テ君ニ | + | リ。カヤウナラン心ハ何ニツケテカハ深キ罪モ侍ラン。/n21l |
- | | + | |
- | | + | |
- | 世ノ濁ニ心ヲソメズ。イモセノ間ニ愛執アサキ人ナリ | + | |
- | ケレバ後世モ罪アサクコソ見ヘケレ/n19l | + | |
text/hosshinju/h_hosshinju6-07.txt · 最終更新: 2017/06/25 19:45 by Satoshi Nakagawa