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text:hosshinju:h_hosshinju5-03

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text:hosshinju:h_hosshinju5-03 [2017/05/30 23:55]
Satoshi Nakagawa 作成
text:hosshinju:h_hosshinju5-03 [2017/05/31 00:00] (現在)
Satoshi Nakagawa [校訂本文]
ライン 13: ライン 13:
 かくて、時々はさしのぞきつつ、「何事か」など言ふ。ことにふれて、妻も男もおろかならぬやうにて、年月を送るほどに、ある時、男、ものへいたる間に、この妻、母の方に行きて、のどかに物語などするほどに、母、いみじうもの思へる気色なるを、心得ず思えて、「われには、何事をかは、隔て給ふべき。思されんことはのたまひあはせよ」と言ふ。「さらに思ふことなし。ただ、このほど、乱り心地の悪しくて」など言ひまぎらかす様、ただならず怪しければ、なほなほ強ひて問ふ。 かくて、時々はさしのぞきつつ、「何事か」など言ふ。ことにふれて、妻も男もおろかならぬやうにて、年月を送るほどに、ある時、男、ものへいたる間に、この妻、母の方に行きて、のどかに物語などするほどに、母、いみじうもの思へる気色なるを、心得ず思えて、「われには、何事をかは、隔て給ふべき。思されんことはのたまひあはせよ」と言ふ。「さらに思ふことなし。ただ、このほど、乱り心地の悪しくて」など言ひまぎらかす様、ただならず怪しければ、なほなほ強ひて問ふ。
  
-その時に、母、言ふやう、「まことには、何事をか隠し申さん。よに心憂きことのありけり。この家の内のありさまは、心よりおこりて申し進めしことぞかし。されば、誰もさらさら恨み申すべきこともなし。しかあるを、夜(よる)の寝覚めなどに、傍らの寂しきにも、ちと心のはたらく時もあり。また、昼さしのぞかるる折もあり。人の振舞ひになりたるこそ思はざりしことかなれど、胸の中騒ぐを、『これ、人の科(とが)かは。あな、おろかの身かな』と思ひ返しつつ過ぐれど、なほ、このことの深き罪となるにや。あさましきことなむある」とて、左(ひだり)・右(みぎ)((底本「左り右り」。「右り」の「り」は衍字とみて削除。))の手をさし出でたるを見るに、大指二つながら蛇(くちなは)になりて、目もめづらかに舌さし出でてひろひろとす。+その時に、母、言ふやう、「まことには、何事をか隠し申さん。よに心憂きことのありけり。この家の内のありさまは、心よりおこりて申し進めしことぞかし。されば、誰もさらさら恨み申すべきこともなし。しかあるを、夜(よる)の寝覚めなどに、傍らの寂しきにも、ちと心のはたらく時もあり。また、昼さしのぞかるる折もあり。人の振舞ひになりたるこそ思はざりしことかなれど、胸の中騒ぐを、『これ、人の科(とが)かは。あな、おろかの身かな』と思ひ返しつつ過ぐれど、なほ、このことの深き罪となるにや。あさましきことなむある」とて、左(ひだり)・右(みぎ)((底本「左り右り」。「右り」の「り」は衍字とみて削除。))の手をさし出でたるを見るに、大指二つながら蛇(くちなは)になりて、目もめづらかに舌さし出でてひろひろとす。
  
 娘、これを見るに、目も暗れ心も惑ひぬ。また、ことも言はず、髪おろして尼になりにけり。男、帰り来て、これを見て、また法師になりぬ。もとの妻もさまを変へ、尼になりて、三人ながら同じ様に行ひてなむ過ぎける。朝夕言ひ悲しみければ、蛇もやうやうもとの指になりにけり。後には、母は京に乞食し歩(あり)きけるとかや。「まさしく見し」とて、古き人の語りしは、近き世のことにこそ。 娘、これを見るに、目も暗れ心も惑ひぬ。また、ことも言はず、髪おろして尼になりにけり。男、帰り来て、これを見て、また法師になりぬ。もとの妻もさまを変へ、尼になりて、三人ながら同じ様に行ひてなむ過ぎける。朝夕言ひ悲しみければ、蛇もやうやうもとの指になりにけり。後には、母は京に乞食し歩(あり)きけるとかや。「まさしく見し」とて、古き人の語りしは、近き世のことにこそ。


text/hosshinju/h_hosshinju5-03.txt · 最終更新: 2017/05/31 00:00 by Satoshi Nakagawa