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text:hosshinju:h_hosshinju4-07
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text:hosshinju:h_hosshinju4-07 [2017/05/20 22:56] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +発心集
 +====== 第四第7話(44) 或る女房、臨終に魔の変ずるを見る事 ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +ある宮腹の女房、世を背けるありけり。
 +
 +病をうけて限りなりける時、善知識に、ある聖呼びたりければ、念仏勧むるほどに、この人、色真青(まさを)になりて、恐れたる気色なり。あやしみて、「いかなることの、目に見え給ふぞ」と問へば、「恐しげなる者どもの、火の車を率(ゐ)て来るなり」と言ふ。聖の言ふやう、「阿弥陀仏の本願を強く念じて、名号をおこたらず唱へ給へ。五逆の人だに、善知識に会ひて、念仏十度(とたび)申しつれば、極楽
 +に生まる。いはんや、さほどの罪は、よも作り給はじ」と言ふ。すなはち、この教へによりて、声をあげて唱ふ。
 +
 +しばしありて、その気色なほりて、悦べる様なり。聖、またこれを問ふ。語つていはく、「火の車は失せぬ。玉の飾りしたるめでたき車に、天女の多く乗りて、楽(がく)をして、迎ひに来たれり」と言ふ。聖のいはく、「『それに乗らん』と思し召すべからず。なほなほ、ただ阿弥陀仏を念じ奉りて、『仏の迎ひにあづからん』と思せ」と教ふ。これによりて、なほ念仏す。
 +
 +また、しばしありていはく、「玉の車は失せて、墨染(すみぞめ)の衣着たる僧の、貴(たつと)げなる、ただ一人来たりて、『今は、いざ給へ。行くべき末は道も知らぬ方なり。われ、そひてしるべせん』と言ふ」と語る。「ゆめゆめ、『その僧に具せん』と思すな。極楽へ参るには、しるべいらず。仏の悲願に乗りて、おのづから至る国なれば、念仏を申して、『一人参らん』と思せ」と勧む。
 +
 +とばかりありて、「ありつる僧も見えず、人もなし」と言ふ。聖のいはく、「その隙(ひま)に、『とく参らん』と心をいたして、強く思して、念仏し給へ」と教ふ。
 +
 +その後、念仏五六十返ばかり申して、声のうちに息絶えにけり。
 +
 +これも、魔のさまざまに形を変へて、たばかりけるにこそ。
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +    或女房臨終見魔変事
 +  或宮腹ノ女房世ヲ背ケルアリケリ。病ヲウケテ限ナ/n15r
 +
 +  リケル時善知識ニアル聖ヨビタリケレバ。念仏ススムル程
 +  ニ此人色マサヲニナリテ恐レタル気色ナリ。アヤシミテ
 +  イカナル事ノ目ニ見ヘ給ソト問ヘバ。ヲソロシケナル者共
 +  ノ火ノ車ヲヰテ来ルナリト云フ。聖ノ云ヤウ阿弥陀
 +  仏ノ本願ヲツヨク念ジテ名号ヲオコタラズ唱ヘ給ヘ五
 +  逆ノ人タニ善知識ニアヒテ念仏十度申ツレバ極楽
 +  ニ生ル。況ヤサ程ノ罪ハヨモ作リ給ハジト云即此ヲシヘニ
 +  ヨリテ声ヲアゲテ唱フ。シバシアリテ其気色ナヲリテ
 +  悦ベル様ナリ。聖又是ヲ問フ。語テ云ク。火ノ車ハウセヌ。
 +  玉ノカザリシタル目出キ車ニ天女ノ多ク乗テ楽ヲシテ/n15l
 +
 +  向ニ来レリト云フ。聖ノ云クソレニ乗ント思召ベカラズ猶
 +  猶タダ阿弥陀仏ヲ念ジ奉リテ仏ノ迎ニ預ラントヲボ
 +  セトヲシフ。是ニヨリテ猶念仏ス。又シバシアリテ云ク玉
 +  ノ車ハウセテ墨染ノ衣キタル僧ノ貴ゲナル只ヒトリ
 +  来リテ今ハイザ給ヘ行ベキ末ハ道モシラヌ方ナリ。我
 +  ソヒテシルベセント云ト語ル。努々ソノ僧ニ具セントヲボ
 +  スナ極楽ヘマイルニハシルベイラズ。仏ノ悲願ニノリテヲ
 +  ノヅカラ至ル国ナレバ念仏ヲ申テヒトリマイラントヲボ
 +  セトススム。トバカリアリテアリツル僧モ見ヘズ人モナシト
 +  云フ。聖ノ云クソノ隙ニトクマイラント心ヲ至シテツヨ/n16r
 +
 +  ク覚シテ念仏シ給ヘトヲシフ。其後念仏五六十返バカ
 +  リ申テ。声ノウチニイキ絶ニケリ。是モ魔ノサマザマニ形
 +  ヲカヘテタバカリケルニコソ/n16l
  
text/hosshinju/h_hosshinju4-07.txt · 最終更新: 2017/05/20 22:56 by Satoshi Nakagawa