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発心集

第四第3話(40) 永心法橋、乞児を憐れむ事

校訂本文

永心法橋といふ人、近きころのことにや、清水1)(きよみず)へ百日参りける時、日暮れて、橋を渡りけるに、河原にいみじう人の泣く声聞こえける。「何者の、いかなることを愁(うれ)ふるにか」とおぼつかなきうちにも、「観音はあはれみを先とし給へり。その徳をあふぎ奉りて詣でながら、情けなくとぶらはで過ぎんことこそ、いとあやしけれ」と思ひて、声を尋ねつつ、近くいたりて、「何者のかくは泣くぞ」と問ふ。「かたは人に侍り」と答ふ。

「いかなることをか愁(うれ)ふる」と問へば、「われ、かたはにまかりなりにし後、知れる人にもことごとく別れて、立ち寄る所も侍らぬにより、先(さい)立ちてかたはなる人の家を借りて、そこに宿り居て侍れば、昼は日くらしといふばかりせためつかひ侍り。憂しとても、なれぬ身なれば、また物を乞ひて寿(いのち)をつがんとつかまつる。とにかくに、身の苦しさ、申し尽すべき方なし。余(よ)の方に、うち休むべきを、また、この病の苦痛に責められて、寝られ侍らず。切り焼くがごとく、うづき、ひびらき、身もほとほりて、堪へ忍ぶべくもあらねば、『もしや、助かる』と川のほとりに詣で来て、足を冷し侍るなり。『いにしへ、世々にいかなる逆罪を作りて、かかる報ひを受けつらん』と、悲しく心憂く侍るに、そのかみ、住山して、形のごとく学問なんどし侍りしは、大師の釈に、『唯円教意、逆即是順、自余三教、逆順是故』といふ文をただ今思ひ出でて、その心を静かに思ひ続け侍る。貴く、頼もしく思えて、とにかくに、さくりもしあへず、泣かれ侍るなり」と語る。

永心、これを聞くに、あはれにいとほしきこと、かぎりなし。すなはち、「わが一山の同法にこそありけれ」とて、涙を流しつつ、みづから着たりける帷(かたびら)脱ぎて、取らせて、逆即是順なるやう、ねんごろに、やや久しく説き聞かせて、去にけり。

「年比を経ぬれど、忘れず」となん語りける。

翻刻

  永心法橋憐乞児事
永心法橋ト云人近比ノ事ニヤ。清水ヘ百日マイリケル時
日暮テ橋ヲ渡リケルニ。河原ニイミジウ人ノナク声キコヘ
ケル。ナニ物ノイカナル事ヲウレフルニカト覚ツカナキ内/n8l
ニモ観音ハ哀ミヲ先トシ給ヘリ。其徳ヲアフギ奉リテ
マウデナガラ。ナサケナク訪ハデ過ン事コソイトアヤシ
ケレト思テ。声ヲ尋ツツ近ク至リテナニ者ノカクハナク
ソト問フ。カタワ人ニ侍リト答フ。何ナル事ヲカ愁ルト問ヘ
バ我カタワニ罷ナリニシ後シレル人ニモ悉ク別レテ立寄
所モ侍ラヌニヨリ先ダチテ。カタワナル人ノ家ヲカリテ。ソ
コニヤドリ居テ侍レバ。日ルハヒクラシト云バカリセタメ仕
侍リ。ウシトテモナレヌ身ナレバ又物ヲ乞テ寿ヲツガ
ント仕ツル。トニカクニ身ノクルシサ。申ツクスベキ方ナシ。
余ノ方ニ打ヤスムベキヲ又此病ノ苦痛ニ責ラレテ。ネラ/n9r
レ侍ラス切焼ガ如ク。ウヅキヒヒラキ身モホトヲリテ堪忍
ブベクモアラネバ。若ヤタスカルト河ノホトリニモウデ来テ足
ヲヒヤシ侍ルナリ。古ヘ世々ニイカナル逆罪ヲ作リテ。カカ
ル報ヲ受ツラント。カナシク心ウク侍ルニ。ソノカミ住山シテ
如形学問ナンドシ侍リシハ大師ノ釈ニ唯円教意逆即
是順自余三教逆順是故ト云文ヲ只今思出テ。ソノ心
ヲ静ニ思ツヅケ侍ル。貴クタノモシク覚ヘテトニカクニサクリ
モシアエズ。ナカレ侍ル也トカタル。永心是ヲキクニ哀ニイト
ヲシキ事カギリナシ。即我一山ノ同法ニコソアリケレト
テ涙ヲ流ツツ自ラキタリケル。カタヒラヌキテトラセテ逆/n9l
即是順ナルヤウ。ネンゴロニヤヤ久ク説聞セテ去ニケ
リ。年比ヲヘヌレド忘ズトナンカタリケル/n10r
1)
清水寺
text/hosshinju/h_hosshinju4-03.txt · 最終更新: 2017/05/13 22:04 by Satoshi Nakagawa
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