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text:hosshinju:h_hosshinju3-05
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text:hosshinju:h_hosshinju3-05 [2017/05/02 23:13] (現在) – 作成 Satoshi Nakagawa
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 +発心集
 +====== 第三第5話(30) 或る禅師、補陀落山に詣づる事 賀東上人の事 ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +近く、讃岐の三位といふ人いまそかりけり。かの乳母(めのと)の男にて、年ごろ、往生を願ふ入道ありけり。
 +
 +心に思ひけるやう、「この身のありさま、よろづのこと、心にかなはず。もし、悪しき病なんど受けて、終り思ふやうならずは、本意(ほんい)遂げんこと、極めてかたし。病なくて死なんばかりこそ、臨終正念ならめ」と思ひて、「身灯せん」と思ふ。
 +
 +「さても、耐えぬべきか」とて、鍬といふ物を二つ、赤くなるまで焼きて、左右の脇にさしはさみて、しばしばかりあるに、焼け焦がるるさま、目も当てられず。とばかりありて、「ことにもあらざりけり」と言ひて、そのかまへどもしけるほどに、また、思ふやう、「身灯は易くしつべし。されど、この生を改めて、極楽へ詣でん、詮(せん)もなく、また、凡夫なれば、もし終りに至りて、いかが、なほ疑ふ心もあらん。補陀落山こそ、この世間(よのなか)の内にて、この身ながらも詣でぬべき所なれ。しからば、かれへ詣でんと思ふなり」。
 +
 +また、すなはち、つくろひやめて、土佐の国に知る所ありければ、行きて、新しき小船一つまうけて、朝夕これに乗りて、梶(かぢ)取るわざを習ふ。
 +
 +その後、梶取りを語らひ、「北風のたゆみなく吹きつよりぬらん時は、告げよ」と契りて、その風を待ち得て、かの小船に帆かけて、ただ一人乗りて、南をさして乗りにけり。妻子(めこ)ありけれど、かほどに思ひ立ちたることなれば、留むるにかひなし。むなしく、行き隠れぬる方を見やりてなん、泣き悲しみけり。
 +
 +これを、時の人、「心ざしの至り浅からず。必ず参りぬらん」とぞ、おしはかりける。
 +
 +一条院((一条天皇))の御時とか、賀東聖といひける人、この定(ぢやう)にして、第子一人あひ具して参る由(よし)、語り伝へたる跡を思ひけるにや。
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +    或禅師詣補陀落山事 賀東上人事
 +  近ク讃岐ノ三位ト云人イマソカリケリ彼メノトノ男ニ
 +  テ年ゴロ往生ヲネガフ入道アリケリ心ニ思ケルヤウ
 +  此身ノ有様万ノ事心ニ不叶若アシキ病ナントウ
 +  ケテ終リ思フヤウナラズハ本意トゲン事極テカタ
 +  シ病ナクテ死ナンバカリコソ臨終正念ナラメト思テ
 +  身灯セント思フ。サテモタエヌベキカトテ。クワト云物
 +  ヲ二ツ。アカクナルマデヤキテ左右ノワキニサシハサミ
 +  テ。シバシバカリアルニ。ヤケコガルル様目モ当ラレズ。ト斗
 +  アリテ。コトニモアラザリケリト云テ其カマヘドモシケル/n9l
 +
 +  程ニ又思フヤウ。身灯ハヤスクシツベシ。サレド此生ヲ改
 +  テ極楽ヘマウデンセンモナク。又凡夫ナレバ若ヲハリニ
 +  至テ。イカカ猶疑フ心モ有。補陀落山コソ此ノ世間ノ内
 +  ニテ此身ナガラモ詣デヌベキ所ナレ。シカラバカレヘ詣
 +  テント思ナリ又即ツクロヰヤメテ。トサノ国ニ知処アリ
 +  ケレバ行テ新キ小船一ツマウケテ朝夕コレニノリテ。カ
 +  チトルワザヲ習フ。ソノ後梶トリヲカタラヒ北風ノタユ
 +  ミナク吹ツヨリヌラン時ハ。ツケヨト契リテ其風ヲ待得
 +  テ彼小船ニ帆カケテ。タタ一人乗テ南ヲサシテ。ノリニ
 +  ケリ。メコアリケレド。カ程ニ思立タル事ナレバ留ルニカイ/n10r
 +
 +  ナシ空ク行カクレヌル方ヲ見ヤリテナン。ナキ悲ケリ
 +  是ヲ時ノ人心ザシノ至リアサカラズ必ズマイリヌラントゾ
 +  ヲシハカリケル一条院ノ御時トカ賀東ヒジリト云ケ
 +  ル人此定ニシテ第子独相具シテマイル由語伝タル
 +  跡ヲ思ヒケルニヤ/n10l
  
text/hosshinju/h_hosshinju3-05.txt · 最終更新: 2017/05/02 23:13 by Satoshi Nakagawa