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--- text:hosshinju:h_hosshinju2-08 [2017/04/22 22:59] – 作成 Satoshi Nakagawa
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     真浄房暫作天狗事
-  近来鳥羽の僧正とてやむ事なき人をはしけり。其第
+  近来鳥羽ノ僧正トテヤム事ナキ人ヲハシケリ。其第
-  子にて年来同宿したりける僧あり。名をは真浄房
+  子ニテ年来同宿シタリケル僧アリ。名ヲハ真浄房
-  とそ云ける。往生を願心深くして師の僧正に聞へけ
+  トソ云ケル。往生ヲ願心深クシテ師ノ僧正ニ聞ヘケ
-  る様月日にそへて後世のをそろしく侍れは。修学の道
+  ル様月日ニソヘテ後世ノヲソロシク侍レハ。修学ノ道
-  をすてて偏に念仏をいとなまむと思ひ侍へるに。折よく
+  ヲステテ偏ニ念仏ヲイトナマムト思ヒ侍ヘルニ。折ヨク
-  法勝寺の三昧あきて侍り彼に申成給へ身を非人／n18l
+  法勝寺ノ三昧アキテ侍リ彼ニ申成給ヘ身ヲ非人／n18l
-  に成て彼三昧の事に命を続て後世をとり侍
+  ニ成テ彼三昧ノ事ニ命ヲ続テ後世ヲトリ侍
-  らんと聞ければ。かく思ひ取いる哀也とて則申成れに
+  ラント聞ケレバ。カク思ヒ取イル哀也トテ則申成レニ
-  けり。其後本意の如くのどかに三昧僧坊に居てひま
+  ケリ。其後本意ノ如クノドカニ三昧僧坊ニ居テヒマ
-  なく念仏して日月を送る。隣の坊に叡泉坊と
+  ナク念仏シテ日月ヲ送ル。隣ノ坊ニ叡泉坊ト
-  云僧同く後世を思へるにとりて其勤異也彼は地
+  云僧同ク後世ヲ思ヘルニトリテ其勤異也彼ハ地
-  蔵を本尊としてさまざまに行ぬ。諸のかつたいをあはれみ
+  蔵ヲ本尊トシテサマザマニ行ヌ。諸ノカツタイヲアハレミ
-  て朝夕物をとらす。真浄房か方には阿弥陀を憑み
+  テ朝夕物ヲトラス。真浄房カ方ニハ阿弥陀ヲ憑ミ
-  奉てひまなく名号をとなへ極楽を願ふ是又乞食
+  奉テヒマナク名号ヲトナヘ極楽ヲ願フ是又乞食
-  をあはれみければさまざまの乞食ともきをひ集る。二人の道
+  ヲアハレミケレバサマザマノ乞食トモキヲヒ集ル。二人ノ道
-  心者はまちかく垣を一へだてたれども。各習ひにければ。／n19r
+  心者ハマチカク垣ヲ一ヘダテタレドモ。各習ヒニケレバ。／n19r
-  かつたいもこなたへ影ささす。乞食も隣へ望む事なし
+  カツタイモコナタヘ影ササス。乞食モ隣ヘ望ム事ナシ
-  かかる程に彼僧正病を受てかきりに成給へる由を
+  カカル程ニ彼僧正病ヲ受テカキリニ成給ヘル由ヲ
-  聞て真浄房訪にまうてたりけり。事の外によはく成て
+  聞テ真浄房訪ニマウテタリケリ。事ノ外ニヨハク成テ
-  臥給へる処によひ入て。年来むつましふ思ならはせるを。此
+  臥給ヘル処ニヨヒ入テ。年来ムツマシフ思ナラハセルヲ。此
-  二三年うとうとしく成たに恋しく覚へつるに。今長く別なむ
+  二三年ウトウトシク成タニ恋シク覚ヘツルニ。今長ク別ナム
-  とす。今日やかきりならむと云もやらずなかれければ真浄房
+  トス。今日ヤカキリナラムト云モヤラズナカレケレバ真浄房
-  いと哀に覚へて涙をおさへて。さな覚しめしそ今日こそ
+  イト哀ニ覚ヘテ涙ヲオサヘテ。サナ覚シメシソ今日コソ
-  別れ奉るとも後世には必ずあひてつかふまつるべき也と
+  別レ奉ルトモ後世ニハ必ズアヒテツカフマツルベキ也ト
-  聞ゆ。かく同心に思けるこそいととうれしけれとて。臥給ぬ
+  聞ユ。カク同心ニ思ケルコソイトトウレシケレトテ。臥給ヌ
-  れはなくなく帰ぬ。其後程なく僧正かくれ給にけり。かく／n19l
+  レハナクナク帰ヌ。其後程ナク僧正カクレ給ニケリ。カク／n19l
-  て年来ふる程に隣の叡泉房心地なやましくて。廿四
+  テ年来フル程ニ隣ノ叡泉房心地ナヤマシクテ。廿四
-  日の暁に地蔵の御名を唱て。いと目出度をわり
+  日ノ暁ニ地蔵ノ御名ヲ唱テ。イト目出度ヲワリ
-  ぬれは見聞の人貴みあへり。此真浄房をとらぬ後世
+  ヌレハ見聞ノ人貴ミアヘリ。此真浄房ヲトラヌ後世
-  者なりけれは必往生人なりと定る程にふたとせはかり有
+  者ナリケレハ必往生人ナリト定ル程ニフタトセハカリ有
-  ていと心ず物くるはしき病をしてかくれにけり。
+  テイト心ズ物クルハシキ病ヲシテカクレニケリ。
-  あたりの人あやしく本意なき事に思つつ年月をおくる
+  アタリノ人アヤシク本意ナキ事ニ思ツツ年月ヲオクル
-  程に。老たる母のをくれゐてなけきけるが。又物めかしき事
+  程ニ。老タル母ノヲクレヰテナケキケルガ。又物メカシキ事
-  ども有けるを。したしき人とも集てもてさはく程に。此
+  ドモ有ケルヲ。シタシキ人トモ集テモテサハク程ニ。此
-  母か云様我はことなる物のけに非ず。うせにし真浄房
+  母カ云様我ハコトナル物ノケニ非ズ。ウセニシ真浄房
-  かまうで来也。我ありさまを誰も心ゑがたく思はれた／n20r
+  カマウデ来也。我アリサマヲ誰モ心ヱガタク思ハレタ／n20r
-  れば且は其事をも聞へんと也。我偏に名利をすてて
+  レバ且ハ其事ヲモ聞ヘント也。我偏ニ名利ヲステテ
-  後世の勤より外にいとなみ無しかは生死にととまる
+  後世ノ勤ヨリ外ニイトナミ無シカハ生死ニトトマル
-  べき身にては無を。我師の僧正の別をおしみ給し
+  ベキ身ニテハ無ヲ。我師ノ僧正ノ別ヲオシミ給シ
-  時。後世には必す参合て随ひ奉らむと聞へたりし事
+  時。後世ニハ必ス参合テ随ヒ奉ラムト聞ヘタリシ事
-  を今券契の如くしてさこそ云しがとて。いかにもいとま
+  ヲ今券契ノ如クシテサコソ云シガトテ。イカニモイトマ
-  を給はせぬによりて。思はぬ道に引入られ侍る也。偏に
+  ヲ給ハセヌニヨリテ。思ハヌ道ニ引入ラレ侍ル也。偏ニ
-  仏の如く憑み奉りしままに。由なき事を申てかく
+  仏ノ如ク憑ミ奉リシママニ。由ナキ事ヲ申テカク
-  思の外なる事こそ侍つれ。但天狗と申事はある事也。
+  思ノ外ナル事コソ侍ツレ。但天狗ト申事ハアル事也。
-  来年六年に満なんとす。彼月めにかまへて此道を出
+  来年六年ニ満ナントス。彼月メニカマヘテ此道ヲ出
-  て極楽へ詣はやと思給へるに必さはりなく苦患まぬか／n20l
+  テ極楽ヘ詣ハヤト思給ヘルニ必サハリナク苦患マヌカ／n20l
-  るべき様に訪ひ給へ。さても世に侍へりし時本意の如
+  ルベキ様ニ訪ヒ給ヘ。サテモ世ニ侍ヘリシ時本意ノ如
-  くをくれ奉るならば。母の御ため善知識となりて
+  クヲクレ奉ルナラバ。母ノ御タメ善知識トナリテ
-  後世を訪ひ奉らむ。若又思の外に先立参せは引
+  後世ヲ訪ヒ奉ラム。若又思ノ外ニ先立参セハ引
-  摂し奉らんとこそ願侍へりしか。思はさるに今かかる身と
+  摂シ奉ラントコソ願侍ヘリシカ。思ハサルニ今カカル身ト
-  成てちかつきまうてくるに付ても。なやまし奉るべしとは云
+  成テチカツキマウテクルニ付テモ。ナヤマシ奉ルベシトハ云
-  もやらず。さめざめと泣く。聞人さながら涙を流て哀み
+  モヤラズ。サメザメト泣ク。聞人サナガラ涙ヲ流テ哀ミ
-  あへり。とばかりのとかに物かたりしつつ。あくび度々してれい
+  アヘリ。トバカリノトカニ物カタリシツツ。アクビ度々シテレイ
-  さまに成にければ仏経なんど心の及ふ程かき供養し
+  サマニ成ニケレバ仏経ナンド心ノ及フ程カキ供養シ
-  けり。かかる程に年もかへりぬ。其冬に成て又其母
+  ケリ。カカル程ニ年モカヘリヌ。其冬ニ成テ又其母
-  わつらふ。とかく云あひたに母か云様。誰々もさばかり有し／n21r
+  ワツラフ。トカク云アヒタニ母カ云様。誰々モサバカリ有シ／n21r
-  真浄房か又まうで来たるぞ。其故は真心に後世訪ひ
+  真浄房カ又マウデ来タルゾ。其故ハ真心ニ後世訪ヒ
-  給へるうれしさも聞へんと思給ふ上に。暁すてに得脱
+  給ヘルウレシサモ聞ヘント思給フ上ニ。暁ステニ得脱
-  し侍へり。いかんとなれば其しるし見せ奉らんため也日比我
+  シ侍ヘリ。イカントナレバ其シルシ見セ奉ランタメ也日比我
-  身のくさくけからはしき香かき給へとて。いきをためて吹
+  身ノクサクケカラハシキ香カキ給ヘトテ。イキヲタメテ吹
-  出したるに一家の内くさくてたへ忍ふべくも非す。さて
+  出シタルニ一家ノ内クサクテタヘ忍フベクモ非ス。サテ
-  夜もすがら物がたりして暁に及て唯今そ。既に不浄
+  夜モスガラ物ガタリシテ暁ニ及テ唯今ソ。既ニ不浄
-  身を改めて極楽へ詣侍べるとて又いきをしたりけれ
+  身ヲ改メテ極楽ヘ詣侍ベルトテ又イキヲシタリケレ
-  ば。其度は香ばしく家の内かほりみちたりけり其を
+  バ。其度ハ香バシク家ノ内カホリミチタリケリ其ヲ
-  聞人たとひ行徳高き人なりとも必是に値遇せんと
+  聞人タトヒ行徳高キ人ナリトモ必是ニ値遇セント
-  云ふちかひをは起すまじかりけり。彼は取はづして悪き／n21l
+  云フチカヒヲハ起スマジカリケリ。彼ハ取ハヅシテ悪キ／n21l
-  道に入たれば。あへなくかかるわざなりとぞ云ける／n22r
+  道ニ入タレバ。アヘナクカカルワザナリトゾ云ケル／n22r