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text:hosshinju:h_hosshinju1-10

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text:hosshinju:h_hosshinju1-10 [2017/04/04 23:31] (現在)
Satoshi Nakagawa 作成
ライン 1: ライン 1:
 +発心集
 +====== 第一第10話(10) 天王寺聖、隠徳の事 付、乞食聖の事 ======
 +
 +===== 校訂本文 =====
 +
 +近ごろ天王寺((四天王寺))に聖ありけり。言葉の末ごとに「瑠璃」といふ二つの文字を加へて言ひければ、やがて、字を名に付けて「瑠璃」とぞいひける。
 +
 +その姿、布のつづり、紙衣なんどの、いふばかりなく、ゆゆしげに破れはらめきたるを、いくらともなく着ぶくれて、布袋(ぬのぶくろ)の汚なげなるに、乞ひ集めたる物を一つに取り入れて、歩(あり)き歩きこれを食らふ。
 +
 +童(わらうべ)、いくらともなく笑ひあなづれど、さらにとがめ、腹立つことなし。いたくせたむる時は、袋より物を取り出だして取らすれば、童、汚ながりて、これを取らず。捨つれば、また取つて入れつつ、常には様々のすずろごとをうち言ひて、ひたすら物狂ひにてなむありける。
 +
 +さして、「そこに跡とめたり」と見ゆる所なし。垣根(かきのね)・木の下・築地(ついぢ)にしたがひて、夜を明かす。
 +
 +そのころ、大塚といふ所に、やんごとなき智者ありけり。ある時、「雨の降りて、まかり寄るべき所もなければ、この縁の片端(かたはし)に候はん」と言ひければ、例ならず、あやしう思えながら置きつ。
 +
 +夜更けて、聖が言ふやう、「かく、たまたま参り寄りて侍り。年ごろ、おぼつかなく思ひ給へることども、はるけ侍らばや」と言ふ。ことのほかに思ゆれど、世の常の人のやうに、あひしらうほどに、やうやう、天台宗の法門どもの、えもいはぬ理(ことはり)ども尋ねつ。また、主(あるじ)、あさましく、めづらかに思えて、夜もすがら寝ず。さまざまに問ひ答へて、明けぬれば、「今はいとま申し侍らむ」とて、「心にいぶかしく思ひ給へることどもを、賢く今宵候ひて、はるけ侍りぬ」とて、去ぬ。
 +
 +また、このこと、ありがたく貴く思えけるままに、そのあたりの人どもに語りたりければ、そしり、いやしめし心を改めて、かたへは権者の疑ひをなして、尊みけり。されど、その有様は、さきざきにつゆ変らかはらず、「さることや、ありける」と人の問ふ時には、うち笑ひて、そそろごとにぞ言ひなしける。
 +
 +かやうに、人に知られぬることを、うるさくや思ひけん、はてには行方(ゆきかた)も知らせずなりにけり。年経て、人、語りけるは、和泉国に乞食し歩(あり)きけるが、終りには、人も来寄らぬ所の、大きなる木のもとに、下枝(したえだ)に仏掛け奉りて、西に向ひて、合掌して、居ながら眼を閉ぢてなむありける。その時は、知れる人もなくて、後に見付けたりけるなり。
 +
 +また、近ごろ、世に「仏みやう」といふ乞食ありけり。それも、かの聖のごとく、物狂ひのやうにて、食物(しょくもつ)は魚・鳥をも嫌はず。着物は筵(むしろ)・薦(こも)をさへ重ね着つつ、人の姿にもあらず、会ふ人ごとに必ず、「あま人・法師・をとこ人・女人等清浄」と言ひ拝むわざをしければ、それを名に付けてなむ、見と見る人、皆、「つたなく、ゆゆしき者」とのみ思ひけれど、げには、やうありける者にや、阿証房((阿証房印西か))といふ聖を得意にして、思ひがけぬ経論なんどを借りて、人にも知らせず、懐(ふところ)に引き入れて、持ちて行きて、日ごろ経てなむ返すことを、常になんしける。つひに切提(せつたい)の上に、西に向ひて、合掌端座して終りにけり。
 +
 +これらは、すぐれたる後世者の一(いち)の有様なり。「大隠、朝市にあり」と言へる、すなはちこれなり。かくいふ心は、賢き人の世を背く習ひ、わが身は市の中にあれども、その徳をよく隠して、人にもらせぬなり。
 +
 +山林に交はり、跡を暗うするは、人の中にあつて、徳をえ隠さぬ人の振舞ひなるべし。
 +
 +===== 翻刻 =====
 +
 +    天王寺聖隠徳事(付乞食聖事)
 +  近比天王寺ニ聖有ケリ。詞ノスヱコトニ瑠璃ト云
 +  二文字ヲクハヘテ云ケレバ。ヤカテ字ヲ名ニ付テ瑠
 +  璃トゾ云ケル。其スガタ布ノツツリ紙ギヌナムドノ云ハカ
 +  リナク。ユユシゲニヤレハラメキタルヲ。イクラ共ナクキフ/n23l
 +
 +  クレテ布袋ノキタナゲナルニ。コヒ集メタル物ヲヒトツニ
 +  取入テ。アリキアリキ是ヲ食。ワラウベイクラトモナク笑ヒ
 +  アナヅレト更ニトカメ腹立事ナシ。イタクセタムル時ハ
 +  袋ヨリ物ヲ取出テトラスレバ童キタナガリテ是ヲ
 +  取ラズ捨レバ。又取テ入ツツ常ニハ様々ノスズロ事ヲ
 +  打云テヒタスラ物クルイニテナム有ケル。指テソコニ
 +  跡トメタリト見ユル処ナシ。垣根木下ツイヂニ随ヒテ
 +  夜ヲアカス。其比大ツカト云所ニヤムゴトナキ智者ア
 +  リケリ。有時雨ノフリテ罷ヨルベキ所モナケレハ。此
 +  縁ノカタハシニ候ハント云ケレバ。例ナラスアヤシフ覚ヘ/n24r
 +
 +  ナガラヲキツ。夜フケテ聖カ云様カクタマタマ参リヨリ
 +  テ侍ヘリ。年来ヲボツカ無ク思ヒ給ヘル事トモハル
 +  ケ侍ラハヤト云。事外ニ覚ユレドヨノツネノ人ノ様ニ
 +  アヒシラウ程ニ。ヤウヤウ天台宗ノ法門トモノヱモイハヌ
 +  理共尋ツ。又アルジアサマシクメヅラカニ覚テ夜モスガ
 +  ラネズ。サマザマニ問ヒ答ヘテ明ヌレハ今ハイトマ申侍
 +  ラムトテ。心ニイブカシク思給ル事ドモヲ賢クコヨヒ候
 +  テハルケ侍ヘリヌトテ去ヌ。又此事アリ難ク貴ク
 +  覚ヘケルママニ。其アタリノ人ドモニ語タリケレバ。ソシリ
 +  イヤシメシ心ヲ改メテ。カタヘハ権者ノ疑ヲナシテタフ/n24l
 +
 +  トミケリ。サレド其有様ハサキザキニ露カハラズ。サル事
 +  ヤ有ケルト人ノ問時ニハ。ウチワラヒテソソロ事ニソ云
 +  ナシケル。加様ニ人ニ知ラレヌル事ヲウルサクヤ思ヒケン。
 +  終ニハ行方モ知セズ成ニケリ。年経テ人語ケルハ。和泉
 +  国ニ乞食シアリキケルカ。ヲハリニハ人モ来ヨラヌ所ノ
 +  大ナル木ノモトニシタ枝ニ仏カケ奉テ。西ニ向テ合掌
 +  シテ居ナカラ眼ヲトチテナム有ケル。其時ハシレル
 +  人モナクテ後ニ見付タリケルナリ。
 +  又近来世ニ仏ミヤウト云乞食有ケリ。其モカノ聖ノ
 +  如ク物クルヒノ様ニテ食物ハ魚鳥ヲモキラハズキモ/n25r
 +
 +  ノハ筵コモヲサヘ重キツツ。人ノスガタニモアラズ。逢人ゴトニ
 +  必アマ人法師ヲトコ人女人等清浄トイヒヲカム
 +  ワサヲシケレバ。其ヲ名ニ付テナム見ト見ル人皆ツタ
 +  ナクユユシキ者トノミ思ケレド。実ニハ様アリケル者ニヤ。阿
 +  証房ト云聖ヲトクヒニシテ。思カケヌ経論ナムドヲ借
 +  テ人ニモ知セズ懐ニ引入テ持テ行テ。ヒコロ経テナム
 +  返ス事ヲ常ニナンシケル。終ニ切提ノ上ニ西ニ向テ
 +  合掌端座シテ終ニケリ。此等ハ勝タル後世者ノ一ノ
 +  有様也。大隠朝市ニアリト云ヘル則是也。カク云心ハ
 +  賢キ人ノ世ヲ背ク習。我身ハ市ノ中ニアレドモ/n25l
 +
 +  其徳ヲ能カクシテ人ニモラセヌ也。山林ニ交リ跡ヲ
 +  クラフスルハ人ノ中ニ有テ徳ヲヱカクサヌ人ノフルマヒ成ヘシ/n26r
  


text/hosshinju/h_hosshinju1-10.txt · 最終更新: 2017/04/04 23:31 by Satoshi Nakagawa